宋名臣言行録 / 前集巻九・孫甫
人嘗與一硯直三十千公曰硯何異而如此之價也客曰硯以石潤為賢此石呵之則水流甫曰一日可得一擔水纔直三錢買此何用竟不受
新字:人嘗与一硯直三十千公曰硯何異而如此之価也客曰硯以石潤為賢此石呵之則水流甫曰一日可得一担水纔直三銭買此何用竟不受
書き下し
人、嘗て一硯を與う。直三十千。公曰く、硯、何ぞ異にして此くの如きの價あるやと。客曰く、硯は石の潤なるを以て賢と爲す。此の石、之を呵すれば則ち水流ると。甫曰く、一日、一擔の水を得可きも、纔かに直三錢なり。此を買いて何の用ぞと。竟に受けず。
現代語訳
ある人がかつて硯を一面贈った。値は三十千であった。公は言った。「硯にどんな違いがあって、これほどの値がつくのか」。客は言った。「硯は石が潤っているのを良しとします。この石は、息を吹きかけると水が流れます」。孫甫は言った。「一日に一荷の水が得られたとしても、それはやっと三銭の値だ。これを買って何の用があろう」。けっきょく受け取らなかった。
解説
高価な硯を、水の値段で計算した条です。**息を吹きかけると水が流れます**という売り文句に対して、**一日に一荷の水が得られたとしても、それはやっと三銭の値だ。**同じ単位に揃えてから比べています。三十千と三銭。**これを買って何の用があろう。**趣味の価値を否定したのではなく、示された効能をそのまま値に換算しただけでした。
この章句が説くこと
硯何ぞ異にして此くの如きの価あるや硯は石の潤なるを以て賢と為す此の石之を呵すれば則ち水流る一日一担の水を得可きも纔かに直三銭なり此を買いて何の用ぞ贈答換算実利
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