宋名臣言行録 / 前集巻九・王質
通判蘓州州守黄宗旦頗以新進少公議事則曰少年乃與丈人争事公曰受命佐君事有當争職也宗旦雖屢屈折而政常得無失稍徳公助已宗旦得盗鑄錢百餘人以託公公曰事發無跡何從得之曰吾以術鉤出之公愀然曰仁者之政以術鉤人寘之死而又喜乎宗旦慙服遂緩出其獄始大稱公曰君子也
新字:通判蘓州州守黄宗旦頗以新進少公議事則曰少年乃与丈人争事公曰受命佐君事有当争職也宗旦雖屢屈折而政常得無失稍徳公助已宗旦得盗鋳銭百余人以託公公曰事発無跡何従得之曰吾以術鉤出之公愀然曰仁者之政以術鉤人寘之死而又喜乎宗旦慙服遂緩出其獄始大称公曰君子也
書き下し
蘓州に通判たり。州守黄宗旦、頗る新進を以て公を少んず。事を議すれば則ち曰く、少年、乃ち丈人と事を争うと。公曰く、命を受けて君を佐く。事に當に争うべき有るは職なりと。宗旦、屢々屈折すと雖も、政、常に失無きを得たり。稍や公の己を助くるを徳とす。宗旦、盗鑄錢百餘人を得て以て公に託す。公曰く、事、發するに跡無し。何に從いて之を得たるやと。曰く、吾れ術を以て之を鉤り出だすと。公愀然として曰く、仁者の政、術を以て人を鉤り、之を死に寘きて又た喜ぶかと。宗旦慙服し、遂に緩めて其の獄を出だす。始めて大いに公を稱して曰く、君子なりと。
現代語訳
蘇州の通判となった。州の長官の黄宗旦は、新任だからといって公をたいそう軽んじた。事を議すると言った。「若い者が、年長者と事を争うのか」。公は言った。「命を受けて君を輔けています。事に争うべきことがあるのは、職務です」。黄宗旦はたびたび言い負かされたが、政はいつも失敗が無くて済んだ。しだいに公が自分を助けてくれていると感じるようになった。黄宗旦は銭を偽造した者百余人を捕らえて、公に託した。公は言った。「事が発覚した跡がありません。どこから掴んだのですか」。「私は術を使って釣り出したのだ」と答えた。公は色を変えて言った。「仁ある者の政が、術を使って人を釣り、その者を死に置いて、そのうえ喜ぶのですか」。黄宗旦は恥じ入って服し、そこで裁きを緩めて獄から出した。はじめて大いに公を称えて言った。「君子だ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孫子・用間篇生間とは、反りて報ずる者なり。
-
論語・子張篇叔孫武叔、仲尼を毀る。子貢曰く、「以て為すこと無かれ。仲尼は毀る可からざるなり。他人の賢者は、丘陵なり、猶お踰ゆ可きなり。仲尼は、日月なり、得て踰ゆること無し。人自ら絶たんと欲すと雖も、其れ何ぞ日月を傷らんや。多だ其の量を知らざるを見るなり。」
-
『韓非子』和氏第十三楚、呉起を用いずして削亂し、秦、商君の法を行いて富強なり。二子の言なるや巳に當れり。
-
『韓非子』説疑第四十四此の如きの臣は、昏亂の主に當ると雖も尚ほ功を致す可し。況や顯明の主に於いてをや。此れを霸王の佐と謂うなり。
-
尚書・太甲下慮らずんば胡ぞ獲、為さずんば胡ぞ成らん。
-
孫子・謀攻篇故に善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも戦うに非ざるなり。人の城を抜くも攻むるに非ざるなり。人の国を毀るも久しきに非ざるなり。必ず全きを以て天下に争う。故に兵頓れずして利全くす可し。此れ謀攻の法なり。