韓非子 / 和氏第十三
楚不用吴起而削亂,秦行商君法而富强。二子之言也已當矣,然而枝解吳起而車裂商君者,何也?
新字:楚不用吴起而削乱,秦行商君法而富强。二子之言也已当矣,然而枝解吳起而車裂商君者,何也?
書き下し
楚、呉起を用いずして削亂し、秦、商君の法を行いて富強なり。二子の言なるや巳に當れり。
現代語訳
楚は呉起を用いなかったことで領土を削られ混乱し、秦は商鞅の法を実行したことで富国強兵となった。あの二人の言葉はまさに正しかったのだ。
解説
楚の国は呉起という有能な人物を用いなかったために領地を削られて乱れ、秦の国は商鞅という人物が定めた厳しい決まりをやり通したことで豊かで強い国になりました。二人の説いたことは、結果を見れば正しかったのです。耳の痛い改革を、反発があっても最後までやり通せるかどうかで、集まりの行く末は大きく変わります。会社であれば新しい評価の仕組み、家庭であれば生活習慣の見直し、地域であれば古い付き合い方の改善などがこれに当たります。始めたばかりの頃は不満や反発が出るものですが、正しさは口先の説明ではなく、続けた先にどんな結果が出るかで証明されるのです。目先の評判に振り回されず、長い目で見て良い方向へ進めているかを確かめる姿勢が大切です。
この章句が説くこと
改革の継続長期視点成果富国強兵組織変革
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六韜・農器武王 太公に問ひて曰く、「天下 安定し、国家 事なし。戦攻の具、修むること無かるべきか。守禦の備へ、設くること無かるべきか」と。太公曰く、「戦攻守禦の具は、尽く人事に在り。耒耜は、其の行馬・蒺藜なり。馬牛・車輿は、其の営塁・蔽櫓なり。鋤耰の具は、其の矛戟なり。蓑薛・簦笠は、其の甲冑・干楯なり。钁鍤・斧鋸・杵臼は、其の攻城の器なり。牛馬は、糧用を転輸する所以なり。鶏犬は、其の伺候なり。婦人の織紝は、其の旌旗なり。丈夫の壌を平らぐるは、其の攻城なり。春に草棘を鏺るは、其の戦車騎なり。夏に田疇を耨るは、其の戦歩兵なり。秋に禾薪を刈るは、其の糧食の儲備なり。冬に倉廩を実たすは、其の堅守なり。田里 相 伍たるは、其の約束符信なり。里に吏あり、官に長あるは、其の将帥なり。里に周垣ありて相過ぐるを得ざるは、其の隊分なり。粟を輸し芻を収むるは、其の廩庫なり。春秋に城郭を治め、溝渠を修むるは、其の塹塁なり。故に用兵の具は、尽く人事に在るなり。善く国を為むる者は、人事に取る。故に必ず其の六畜を遂げしめ、其の田野を闢き、其の処所を安んぜしむ。丈夫の田を治むるに畝数あり、婦人の織紝に尺度あり、是れ富国強兵の道なり」と。武王曰く、「善き哉」と。
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