宋名臣言行録 / 前集巻九・余靖
使契丹能爲胡語契丹愛之及再徃虜情益親余作胡語詩虜主大喜還坐貶官
新字:使契丹能為胡語契丹愛之及再往虜情益親余作胡語詩虜主大喜還坐貶官
書き下し
契丹に使いす。能く胡語を爲す。契丹之を愛す。再び徃くに及び、虜情益々親し。余、胡語の詩を作る。虜主大いに喜ぶ。還りて坐して官を貶せらる。
現代語訳
契丹へ使いした。異民族の言葉を話せた。契丹はそれを喜んだ。二度目に行ったとき、相手の心はますます親しくなった。余靖は異民族の言葉で詩を作った。敵の主はたいそう喜んだ。帰ってから、それに連座して官を落とされた。
解説
三十一字の条です。**異民族の言葉を話せた。二度目に行ったとき、相手の心はますます親しくなった。**外交として、これ以上ないはずです。そして詩まで作って喜ばれました。**帰ってから、それに連座して官を落とされた。**理由は書かれていません。相手に好かれすぎたこと自体が、咎めになった。前の条で議論を屈服させて帰ってきた同じ人です。
この章句が説くこと
契丹に使いす能く胡語を為す契丹之を愛す余胡語の詩を作る虜主大いに喜ぶ還りて坐して官を貶せらる外交親密疑い
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