宋名臣言行録 / 前集巻九・余靖
慶歴四年元昊請和將加封册而契丹以兵臨境上遣使言爲中國討賊請止毋與和朝廷患之議未决公獨謂中國厭兵久矣此契丹之所幸一日使吾息兵養勇非其利也故用此以撓我耳是不可聽朝廷雖是公言猶留夏册不遣而假公諫議大夫以報公從十餘騎馳居庸闗見虜於九十九泉從容坐帳中辨析徃復數十卒屈其議取其要領而還朝廷遂發册臣元昊西師既解嚴而北邉亦無事
新字:慶歴四年元昊請和将加封册而契丹以兵臨境上遣使言為中国討賊請止毋与和朝廷患之議未決公独謂中国厭兵久矣此契丹之所幸一日使吾息兵養勇非其利也故用此以撓我耳是不可聴朝廷雖是公言猶留夏册不遣而仮公諫議大夫以報公従十余騎馳居庸関見虜於九十九泉従容坐帳中弁析往復数十卒屈其議取其要領而還朝廷遂発册臣元昊西師既解厳而北邉亦無事
書き下し
慶歴四年、元昊、和を請う。將に封册を加えんとす。而して契丹、兵を以て境に臨む。上、使いを遣わして言う、中國の爲に賊を討たん。請う、止めて和するを與うる毋かれと。朝廷、之を患う。議、未だ决せず。公獨り謂う、中國、兵に厭くこと久し。此れ契丹の幸う所なり。一日、吾をして兵を息め勇を養わしむるは、其の利に非ざるなり。故に此を用いて以て我を撓むるのみ。是れ聽く可からずと。朝廷、公の言を是とすと雖も、猶お夏册を留めて遣らず。而して公に諫議大夫を假して以て報ぜしむ。公、十餘騎を從えて居庸闗を馳せ、虜に九十九泉に見ゆ。從容として帳中に坐し、辨析すること徃復數十。卒に其の議を屈し、其の要領を取りて還る。朝廷、遂に册を發して元昊を臣とす。西師既に嚴を解き、而して北邉も亦た事無し。
現代語訳
慶暦四年、趙元昊が和を請うた。封じの冊書を与えようとしていた。ところが契丹が兵を国境に迫らせた。帝は使者を遣わして言わせた。「中国のために賊を討とう。どうか和を許すのはやめてほしい」。朝廷はそれを憂えた。議論は決まらなかった。公だけがこう言った。「中国は戦に飽きて久しい。それは契丹の望むところだ。ある日、我らが兵を休めて勇を養うようになるのは、あちらの利ではない。だからこれを使って我らを撓めようとしているだけだ。聴いてはならない」。朝廷は公の言葉を正しいとしたが、それでも西夏への冊書を留めて遣らなかった。そして公に諫議大夫の位を仮に与えて、返答に行かせた。公は十余騎を従えて居庸関を馬で駆け、九十九泉で敵に会った。ゆったりと天幕の中に坐り、論じ分けることが行き来数十度。ついにその議論を屈服させ、その要点を取って帰った。朝廷はそこで冊書を発して趙元昊を臣とした。西の軍は警戒を解き、北の国境もまた事が無かった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
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説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
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孫子・謀攻篇故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。
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孔子家語・辯物呉王夫差、将に哀公と与に晋侯に見えんとす。子服景伯、使者に対えて曰わく、「王諸侯を合すれば、則ち伯侯牧を率いて以て王に見う。伯諸侯を合すれば、則ち侯子男を率いて以て伯に見う。今諸侯会するに、君と寡君と晋君に見えば、則ち晋成りて伯と為らん。且つ執事伯を以て諸侯を召し、而して侯を以て之れを終うれば、何の利か之れ有らん。」呉人乃ち止む。既にして之れを悔い、遂に景伯を囚う。伯、大宰嚭に謂いて曰わく、「魯将に十月上辛を以て、上帝に事有らんとす、先王季辛にして畢わる。何ぞや、世に職有り、襄より已来之れを改む。若し其れ会せずんば、則ち祝宗将に曰わん、呉実に然りと。」嚭夫差に言い、之れを帰す。子貢之れを聞き、孔子に見えて曰わく、「子服氏の子、説くに拙し。実を以て囚を獲、詐を以て免るるを得たり。」孔子曰わく、「呉子は夷為り、徳は欺く可くして実を以てす可からず。是れ聴く者の蔽いにして、説く者の拙きに非ざるなり。」
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戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
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論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。