宋名臣言行録 / 前集巻九・余靖
開寳塔災得舊瘞舎利迎入内廷傳言頗有光怪將復建塔公言彼一塔不能自衛何福可及於民凡腐草皆有光水精及珠之圓者夜亦有光烏足異也上從之
新字:開宝塔災得旧瘞舎利迎入内廷伝言頗有光怪将復建塔公言彼一塔不能自衛何福可及於民凡腐草皆有光水精及珠之円者夜亦有光烏足異也上従之
書き下し
開寳塔災あり。舊瘞の舎利を得たり。迎えて内廷に入る。傳言、頗る光怪有りと。將に復た塔を建てんとす。公言う、彼の一塔すら自ら衛る能わず。何の福か民に及ぶ可けんや。凡そ腐草も皆な光有り。水精及び珠の圓なる者も、夜、亦た光有り。烏くんぞ異とするに足らんやと。上、之に從う。
現代語訳
開宝塔が火災に遭った。以前に埋めた舎利が見つかった。迎えて宮中に入れた。噂では、たいそう怪しい光があるという。塔を建て直そうとしていた。公は言った。「あの塔ですら自分を守れなかった。どんな福が民に及ぶというのか。そもそも腐った草にもみな光がある。水晶や丸い珠も、夜には光がある。どうして不思議とするに足りようか」。帝はそれに従った。
解説
舎利の光を、二つの言葉で片づけた条です。一つ目が痛烈でした。あの塔ですら自分を守れなかった。どんな福が民に及ぶというのか。火事で焼けた塔から出てきたものです。二つ目が観察でした。腐った草にもみな光がある。水晶や丸い珠も、夜には光がある。光ること自体は珍しくない、と。前に読んだ孫奭の「天はそもそも物を言わない」と同じ形の一行です。
この章句が説くこと
彼の一塔すら自ら衛る能わず何の福か民に及ぶ可けんや凡そ腐草も皆な光有り水精及び珠の円なる者も夜亦た光有り烏くんぞ異とするに足らんや迷信観察諫言
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