宋名臣言行録 / 前集巻九・尹洙
師魯深於春秋故其文謹嚴辭約而理精章奏疏議大見風采士林聳慕焉
新字:師魯深於春秋故其文謹厳辞約而理精章奏疏議大見風采士林聳慕焉
書き下し
師魯は春秋に深し。故に其の文は謹嚴、辭約にして理精なり。章奏・疏議、大いに風采を見す。士林、聳慕す。
現代語訳
尹洙は『春秋』に深かった。だからその文章は慎み深く厳しく、言葉は簡潔で理は精密であった。上奏や上疏には、大いに風格が表れた。学ぶ者たちは仰いで慕った。
解説
二十九字の条です。**『春秋』に深かった。だからその文章は慎み深く厳しく、言葉は簡潔で理は精密であった。**読んだものと、書いたものが繋がれています。『春秋』は言葉を削って是非を示す書です。その削り方が、そのまま文体になった。前に出てきた曹瑋や狄青も『左伝』を読んでいました。同じ書が、文章の人には別の効き方をしています。
この章句が説くこと
師魯は春秋に深し故に其の文は謹厳辞約にして理精なり章奏疏議大いに風采を見す士林聳慕す文体経書簡潔
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