宋名臣言行録 / 前集巻三・曹瑋
公好讀書所如必載書數兩兼通春秋公榖左傳而尤熟于左氏
新字:公好読書所如必載書数両兼通春秋公榖左伝而尤熟于左氏
書き下し
公、書を讀むを好む。如く所必ず書數兩を載す。春秋の公・榖・左傳に兼ね通じ、而して尤も左氏に熟す。
現代語訳
公は書を読むのを好んだ。行くところには必ず書物を数車分積んでいった。春秋の公羊伝・穀梁伝・左伝に通じ、とりわけ左伝に精しかった。
解説
二十五字の条です。**行くところには必ず書物を数車分積んでいった。**軍を率いて辺境を回る人の荷です。父の曹彬が江南から書物と夜具だけを持ち帰った条と、そのまま重なります。春秋の三伝に通じ、とりわけ左伝に精しかった、と。左伝は戦と外交の記録ですから、実務の本として読んでいたことになります。
この章句が説くこと
如く所必ず書数両を載す春秋の公榖左伝に兼ね通ず而して尤も左氏に熟す読書実務荷物
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