宋名臣言行録 / 前集巻九・尹洙
師魯謫官均州時希文知鄧州師魯得疾即擅去官詣鄧州以後事屬希文希文日徃視其疾一旦遣人召希文甚遽既至師魯曰洙今日必死矣人言將死者必見鬼神此不可信洙並無所見但覺氣息奄奄就盡耳隠几坐與希文語乆之謂希文曰公可出洙將逝矣希文出至㕔事巳聞其家號哭希文竭力送其喪及妻孥歸洛陽
新字:師魯謫官均州時希文知鄧州師魯得疾即擅去官詣鄧州以後事属希文希文日往視其疾一旦遣人召希文甚遽既至師魯曰洙今日必死矣人言将死者必見鬼神此不可信洙並無所見但覚気息奄奄就尽耳隠几坐与希文語乆之謂希文曰公可出洙将逝矣希文出至㕔事巳聞其家号哭希文竭力送其喪及妻孥帰洛陽
書き下し
師魯、均州に謫官す。時に希文、鄧州を知る。師魯、疾を得る。即ち擅に官を去りて鄧州に詣り、後事を以て希文に屬す。希文、日々に徃きて其の疾を視る。一旦、人を遣わして希文を召すこと甚だ遽なり。既に至る。師魯曰く、洙、今日必ず死せん。人言う、將に死せんとする者は必ず鬼神を見ると。此れ信ず可からず。洙、並びに見る所無し。但だ氣息奄奄として盡くるに就くを覺ゆるのみと。几に隠りて坐し、希文と語ること之を乆しくす。希文に謂いて曰く、公、出づ可し。洙、將に逝かんとすと。希文出でて㕔事に至る。巳に其の家の號哭を聞く。希文、力を竭くして其の喪及び妻孥を送りて洛陽に歸らしむ。
現代語訳
尹洙は均州に落とされていた。当時、范仲淹は鄧州の長官であった。尹洙が病になった。そこで勝手に任地を離れて鄧州へ行き、後のことを范仲淹に託した。范仲淹は毎日行ってその病を見た。ある日、人をやって范仲淹を呼ぶことがたいそう急であった。着いた。尹洙は言った。「私は今日、必ず死ぬ。人は、死のうとする者は必ず鬼神を見ると言う。それは信じられない。私にはまったく見えるものがない。ただ息が細くなって尽きようとしているのを感じるだけだ」。脇息にもたれて坐り、范仲淹と長いあいだ語った。范仲淹に言った。「あなたは出てください。私はもう逝きます」。范仲淹が出て表の間に着いた。もうその家の泣き叫ぶ声が聞こえた。范仲淹は力を尽くしてその葬儀と妻子を送り、洛陽へ帰らせた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻九・尹洙慶歴中、洙、仲淹等と友善なり。仲淹等既に朝政を罷む。洙も亦た人の時宰の意を希う爲る所と爲り、渭州に居りし時の事を以て攻めらる。遂に獄を置き、劉湜を遣わして之を按ぜしむ。一日、洙に謂いて曰く、龍圖、銀を以て偏提と爲す。銀を給するに記有り。而して偏提を收むるに籍無し。龍圖、當に罪を得て死すべしと。洙曰く、此れ以て洙の罪を致すに足らざるなり。銀を以て偏提と爲すは、某工校を用いて之を主どらしめ、某籍に附す。取りて之を視る可しと。湜、籍を閱するに果たして然り。害する能わざるを知り、嘆息するのみ。其の後、洙、随州に在り。而して孫甫、安州を知る。隨を過ぐ。二人皆な辨論を好む。榻を對して語ること幾月。道わざる所無し。而して洙、未だ嘗て一言の湜に及ぶ者有らず。甫問いて曰く、劉湜、師魯を按じて師魯を死に致さんと欲す。而して師魯、口を絶ちて未だ嘗て一言の湜に及ぶ有らざるは何ぞやと。洙曰く、湜と洙と、本と未だ嘗て不足の意有らず。其れ用事する者の意を希いて洙を害せんと欲するは、廼ち湜の自ら樹立する能わざるのみ。洙、何ぞ湜を恨まんやと。甫、深く其の識量に伏す。甫又た言う、洙、自ら平生の善を好むの心は惡を嫉むに過ぐと謂う。甫、信に然りと謂う。
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『宋名臣言行録』前集巻九・尹洙范公、饒州に貶せらる。諫官・御史、肯えて言わず。師魯、書を上りて言う、仲淹は臣の師友なり。願わくは俱に貶せらるるを得んと。貶せられて郢州の酒税を監す。
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『宋名臣言行録』後集巻十三・鄒浩公の將に亡せんとするや、余適ミ京師より還る。公の疾革まると聞き、未だ擔を弛くるに及ばずして即ち馳せ往きて之を省る。其の薾然として僅かに餘息を存するを見る。然れども語は私に及ばず、猶お國事を以て問と爲す。蓋し其の平生天下の重きを以て己が任と爲し、絶ゆるに垂んとするも忘れざるなり。追念して之に及ぶ每に、愴然として釋く能わず。嗚呼、世道の喪びて久し。復た斯の人有らざるなり。(□
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『宋名臣言行録』前集巻九・尹洙韓魏公曰く、希文は常に身を安んじて而る後に國家保つ可しと以て勸む。師魯は以謂えらく然らずと。直だ謂う、國家に臨みては當に更に身を顧みるべからずと。公、希文の説を重んずと雖も、性の喜ぶ所、師魯を以て愜と爲すのみと。
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『宋名臣言行録』前集巻九・王質范仲淹、事を言うを以て饒州に貶せらる。方に黨人を治むること甚だ急なり。公獨り病を扶けて子弟を率いて東門に餞す。留連すること數日。大臣に、以て公を讓むる有り。曰く、長者も亦た此を爲すか。何ぞ苦しみて自ら朋黨に䧟るやと。公曰く、范公は天下の賢者なり。若し黨人と爲るを得ば、公の賜、質、厚しと。聞く者、公の爲に頸を縮む。
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『宋名臣言行録』後集巻十二・劉安世夜半に至りて公を伺えば、則ち酣寝して鼻息雷の如し。忽ち鐘の動くを聞く。上下驚きて曰く、鐘聲何ぞ太だ早きや、と。黎明之を問えば、鐘を鳴らす者は、乃ち運判一夕にして血を嘔きて斃れたり、と。明日客の唁する者有りて曰く、若し人死せずんば、則ち公未だ知る可からず、と。然れども公も亦た喜色無し。是に於いて公の死に處して亂れざること此くの如きを見る。