宋名臣言行録 / 後集巻十三・鄒浩
公之将亡余適還自京師聞公疾革未及弛擔即馳往省之見其薾然僅存餘息然語不及私猶以國事為問葢其平生以天下之重為巳任至埀絶而不忘也每追念及之愴然不能釋嗚呼世道䘮久矣不復有斯人也(□
新字:公之将亡余適還自京師聞公疾革未及弛担即馳往省之見其薾然僅存余息然語不及私猶以国事為問葢其平生以天下之重為巳任至埀絶而不忘也毎追念及之愴然不能釈嗚呼世道喪久矣不復有斯人也(□
書き下し
公の將に亡せんとするや、余適ミ京師より還る。公の疾革まると聞き、未だ擔を弛くるに及ばずして即ち馳せ往きて之を省る。其の薾然として僅かに餘息を存するを見る。然れども語は私に及ばず、猶お國事を以て問と爲す。蓋し其の平生天下の重きを以て己が任と爲し、絶ゆるに垂んとするも忘れざるなり。追念して之に及ぶ每に、愴然として釋く能わず。嗚呼、世道の喪びて久し。復た斯の人有らざるなり。(□
現代語訳
鄒浩が亡くなろうとするころ、私はちょうど都から帰ってきた。鄒浩の病が重くなったと聞き、荷を下ろす間もなく、すぐに駆けつけて見舞った。その体はぐったりとして、わずかに息が残っているだけであった。それでも話は自分の私事に及ばず、なお国の事を問いとした。思うにこの人は、生涯にわたって天下の重さを自分の任務とし、息が絶えようとするときにも、それを忘れなかったのである。思い出すたびに、悲しくて心が晴れない。ああ、世の道が失われて久しい。ふたたびこのような人はいないのである。〔以下、一字を欠く〕
解説
見舞いの一場面が、この長い序文を締めています。書き手の行動から始まりました。**荷を下ろす間もなく、すぐに駆けつけて見舞った。**そして病床の様子です。**その体はぐったりとして、わずかに息が残っているだけであった。**その状態で何を話したか。ここが要でした。**それでも話は自分の私事に及ばず、なお国の事を問いとした。**弁明も恨み言も出ていません。**息が絶えようとするときにも、それを忘れなかったのである。**
この章句が説くこと
公の疾革まると聞き未だ担を弛くるに及ばずして即ち馳せ往きて之を省る其の薾然として僅かに余息を存するを見る然れども語は私に及ばず猶お国事を以て問と為す其の平生天下の重きを以て己が任と為し絶ゆるに垂んとするも忘れざるなり臨終公私
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