宋名臣言行録 / 前集巻九・尹洙
韓魏公曰希文常勸以身安而後國家可保師魯以謂不然直謂臨國家不當更顧身公雖重希文之説然性之所喜以師魯爲愜爾
新字:韓魏公曰希文常勧以身安而後国家可保師魯以謂不然直謂臨国家不当更顧身公雖重希文之説然性之所喜以師魯為愜爾
書き下し
韓魏公曰く、希文は常に身を安んじて而る後に國家保つ可しと以て勸む。師魯は以謂えらく然らずと。直だ謂う、國家に臨みては當に更に身を顧みるべからずと。公、希文の説を重んずと雖も、性の喜ぶ所、師魯を以て愜と爲すのみと。
現代語訳
韓琦が言った。「范仲淹はいつも、身を安んじてこそ国家を保てると勧めた。尹洙はそうではないと考えた。ただ、国家に臨むときは、もう自分の身を顧みるべきではない、と言った。私は范仲淹の説を重んじはするが、性分として喜ぶところは、尹洙のほうが心にかなうというだけだ」。
解説
二つの立場を並べて、自分の傾きまで言った条です。**范仲淹は、身を安んじてこそ国家を保てると勧めた。尹洙は、国家に臨むときはもう自分の身を顧みるべきではないと言った。**どちらも正しい。韓琦の締めが正直です。**范仲淹の説を重んじはするが、性分として喜ぶところは尹洙のほうが心にかなうというだけだ。**正しいと思う説と、惹かれる説が違う、と認めています。
この章句が説くこと
希文は常に身を安んじて而る後に国家保つ可しと以て勧む国家に臨みては当に更に身を顧みるべからず公希文の説を重んずと雖も性の喜ぶ所師魯を以て愜と為すのみ進退身正論
関連する章句
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説苑・雜言賢人君子は、盛衰の時に通じ、成敗の端に明らかに、治乱の紀を察し、人情を審らかにす。去就する所を知る、故に窮すと雖も亡国の勢に処らず、貧しと雖も汙君の禄を受けず。是を以て太公は七十にして自ら達せず、孫叔敖は三たび相を去りて自ら悔いず。何となれば則ち、強いて其の人に非ざるに合せざればなり。太公は一たび周に合して侯たること七百歳、孫叔敖は一たび楚に合して封ぜらるること十世。大夫種は越を存亡して覇たらしめしも、句踐は死を前に賜う。李斯は功を秦に積みしも、卒に五刑を被る。忠を尽くして君を憂い、身を危うくして国を安んずる、其の功は一なり。或いは封侯して絶えず、或いは死を賜いて刑を被る。慕う所・由る所異なればなり。故に箕子は国を去りて狂を佯り、范蠡は越を去りて名を易え、智過は君弟を去りて姓を更う、皆遠きを見て微を識り、仁は能く富勢を去りて以て萌生の禍を避くる者なり。夫れ暴乱の君、孰か能く縶を離ちて其の身を役し、患いに与らんや。故に賢者は死を畏れ害を避くるのみに非ざるなり、身を殺すも益無くして明主の暴なればなり。比干は紂に死すも其の行いを正す能わず、子胥は呉に死すも其の国を存する能わず。二子は強諫して死す、適に明主の暴を明らかにするのみ、未だ始めより秋毫の端の如きも益有らざるなり。是を以て賢人は其の智を閉じ、其の能を塞ぎ、其の人を得るを待ちて然る後に合す。故に言えば聴かれざる無く、行えば疑わるる無く、君臣両つながら与にし、終身患い無し。今其の時を得るに非ず、又其の人無く、直だ私意已む能わず、世の乱れを閔れみ、主の危うきを憂う。貲無きの身を以て、蔽塞の路を渉り、讒人の前を経、無量の主に造り、不測の罪を犯す。其の天性を傷る、豈に惑いならざらんや。故に文信侯・李斯は、天下謂う所の賢なり、国の為に計り微を揣り隠を射る、所謂過策無きなり。戦いて勝ち攻めて取る、所謂強敵無きなり。功を積むこと甚だ大に、勢利甚だ高し。賢人用いられず、讒人事を用う、自ら用いられざるを知るも、其の仁去る能わず。敵を制し功を積むこと、秋毫を失わず。患いを避け害を去ること、丘山を見ず。其の欲する所を積みて、以て其の悪む所に至る、豈に勢利に惑わさるるに非ざらんや。詩に云う、『人は其の一を知りて、其の他を知る莫し』と。此を之れ謂うなり。
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