宋名臣言行録 / 前集巻九・孔道輔
公知兖州近臣有獻詩百篇者執政請除龍圖閣直學士上曰是詩雖多不如孔道輔一言乃以公爲龍圖閣直學士
新字:公知兖州近臣有献詩百篇者執政請除竜図閣直学士上曰是詩雖多不如孔道輔一言乃以公為竜図閣直学士
書き下し
公、兖州を知る。近臣に詩百篇を獻ずる者有り。執政、龍圖閣直學士に除せんことを請う。上曰く、是の詩、多しと雖も、孔道輔の一言に如かずと。乃ち公を以て龍圖閣直學士と爲す。
現代語訳
公は兗州の長官であった。側近に詩百篇を献じた者があった。執政はその者を龍図閣直学士に任じるよう求めた。帝は言った。「その詩は多いとはいえ、孔道輔の一言に及ばない」。そこで公を龍図閣直学士とした。
解説
四十五字の条です。詩を百篇献じた人が推薦されたところへ、帝が一言。**その詩は多いとはいえ、孔道輔の一言に及ばない。**そして推された人ではなく、そこにいない人を任じました。**量と、一言。**前の条で門の銅の環を叩いて叫んだ人です。その一言のほうが百篇より重い、と帝が自分で計算しています。
この章句が説くこと
近臣に詩百篇を献ずる者有り執政竜図閣直学士に除せんことを請う是の詩多しと雖も孔道輔の一言に如かず乃ち公を以て竜図閣直学士と為す評価量一言
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