宋名臣言行録 / 前集巻九・孫奭
公以太子少保致仕居於鄆一日置宴御詩㕔(仁宗嘗賜詩刻石所居㕔壁)語客曰白傳有言多少朱門鎻空宅主人到老不曽歸今老夫歸矣喜動於色復顧石安道諷易離卦九三爻辭且曰樂以忘憂自得小人之志歌而鼓缶不興大耋之嗟公以醇徳奥學勸講禁中二十餘年晚節勇退優游里中始終全徳近世少比
新字:公以太子少保致仕居於鄆一日置宴御詩㕔(仁宗嘗賜詩刻石所居㕔壁)語客曰白伝有言多少朱門鎻空宅主人到老不曽帰今老夫帰矣喜動於色復顧石安道諷易離卦九三爻辞且曰楽以忘憂自得小人之志歌而鼓缶不興大耋之嗟公以醇徳奥学勧講禁中二十余年晩節勇退優游里中始終全徳近世少比
書き下し
公、太子少保を以て致仕し、鄆に居る。一日、宴を御詩㕔に置く。(仁宗、嘗て詩を賜いて居る所の㕔壁に刻す。)客に語りて曰く、白傳に言える有り、多少の朱門、空宅を鎻す。主人、老いに到るも曽て歸らずと。今、老夫は歸れりと。喜び、色に動く。復た石安道を顧みて易の離卦九三の爻辭を諷す。且つ曰く、樂しみて憂いを忘る。自ら小人の志を得たり。歌いて缶を鼓し、大耋の嗟を興さずと。公、醇徳・奥學を以て禁中に勸講すること二十餘年。晚節、勇退して里中に優游す。始終、徳を全うすること、近世比する少なし。
現代語訳
公は太子少保の位で隠退し、鄆州に住んだ。ある日、「御詩庁」で宴を設けた。(仁宗がかつて詩を賜り、住まいの壁に刻ませたのである。)客に語って言った。「白居易の言葉に、『いくつもの朱塗りの門が、空き家に鍵を掛けている。主人は老いに至っても、ついに帰らなかった』とある。いま、この老いぼれは帰ってきた」。喜びが顔に表れた。そして石安道を顧みて『易』の離卦九三の爻辞を口ずさんだ。そのうえ言った。「楽しんで憂いを忘れる。私は小人の志を自分で得た。歌って缶を叩き、老いの嘆きを起こさない」。公は純粋な徳と奥深い学問によって、宮中で二十余年講義した。晩年は勇んで退き、郷里でゆったりと過ごした。始めから終わりまで徳を全うしたことは、近ごろ比べられる人が少ない。
解説
隠退して郷里に帰った人の、宴の席の条です。引いた白居易の句が効いています。**いくつもの朱塗りの門が、空き家に鍵を掛けている。主人は老いに至っても、ついに帰らなかった。**出世した人が、故郷の家に帰れないまま終わる。**いま、この老いぼれは帰ってきた。**そして『易』の離卦九三——老いを嘆かず、缶を叩いて歌う、という爻辞を口ずさみました。**始めから終わりまで徳を全うした。**
この章句が説くこと
多少の朱門空宅を鎻す主人老いに到るも曽て帰らず今老夫は帰れり喜び色に動く歌いて缶を鼓し大耋の嗟を興さず隠退帰郷老い
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