宋名臣言行録 / 前集巻七・杜衍
公一日憂見于色門生曰公今日何以不悦公曰適覩朝報行某事行某事非便所以憂爾又一日喜見于色門生未及問公曰今日見朝報某人進用某人進用社稷之福也公又曰孔子稱不在其位不謀其政苐衍荷國恩之深退居以来家事百不關心獨未能忘國爾
新字:公一日憂見于色門生曰公今日何以不悦公曰適睹朝報行某事行某事非便所以憂爾又一日喜見于色門生未及問公曰今日見朝報某人進用某人進用社稷之福也公又曰孔子称不在其位不謀其政苐衍荷国恩之深退居以来家事百不関心独未能忘国爾
書き下し
公、一日、憂い色に見る。門生曰く、公、今日、何を以て悦ばざるやと。公曰く、適ま朝報を覩る。某事を行い某事を行う。便ならざる所以に憂うるのみと。又た一日、喜び色に見る。門生、未だ問うに及ばず。公曰く、今日、朝報を見るに、某人進用せられ某人進用せらる。社稷の福なりと。公又た曰く、孔子稱す、其の位に在らざれば其の政を謀らずと。苐だ衍、國恩を荷うこと之れ深し。退居して以来、家事は百も心に關せず。獨り未だ國を忘るる能わざるのみと。
現代語訳
公はある日、憂いが顔に出ていた。門下の学生が言った。「公は今日、どうして楽しまれないのですか」。公は言った。「たまたま官報を見た。この事を行い、あの事を行うとある。都合が悪いから憂えているのだ」。またある日、喜びが顔に出ていた。学生がまだ尋ねないうちに、公は言った。「今日、官報を見ると、某が登用され、某が登用されている。社稷の福だ」。公はまた言った。「孔子は、その位に無ければその政を謀らない、と言われた。ただ私は国の恩を深く受けている。隠退して以来、家の事は百のうち一つも心にかけない。ただ国のことだけが忘れられないのだ」。
解説
隠退した人が、官報を見て顔色を変えていた条です。憂えるときも喜ぶときも、理由は同じところから来ています。**孔子は、その位に無ければその政を謀らない、と言われた。**自分でその言葉を引いたうえで、そうできないと認めました。**隠退して以来、家の事は百のうち一つも心にかけない。ただ国のことだけが忘れられないのだ。**位を離れても向きが変わらなかった、という記録です。
この章句が説くこと
適ま朝報を睹る某事を行い某事を行う便ならざる所以に憂うるのみ其の位に在らざれば其の政を謀らず退居して以来家事は百も心に関せず独り未だ国を忘るる能わざるのみ隠退関心公事
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍門生嘗て從容として公に問いて曰く、公、相位に在ること未だ朞年ならずして出づ。蒼生、盡くは公の澤を被らず。天下甚だ鬱として望むと。公曰く、衍、非才を以て乆しく賢路を妨ぐ。遽かに解け去るを得て、深く乃ち心を遂ぐ。然れども獨り一恨有るのみと。門生曰く、公の恨みは何ぞやと。公曰く、衍、平生、某人の賢は某の任に可なり、某人の才は某の用に可なるを聞く。未だ悉くは薦むる能わずして去る。此れ恨みと為す所以なりと。
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍公、退きて南都に寓す。資産を殖やさず。第宅卑陋なるも、之に居りて裕如たり。烏㡌・皂綈袍・革帶なり。親故、或いは宜しく居士の服を為すべしと言う。公曰く、老いて事を謝す。尚お髙士の名を竊む可けんやと。
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍公、家に食するに、惟だ一麵一飯のみ。或るひと其の儉を羙む。公曰く、衍は本と一措大のみ。名位・服用は皆な國家の者なり。俸入の餘は以て親族の貧なる者に給す。常に浮食を恐る。焉んぞ敢えて以て自ら奉ぜんや。一旦、名位・爵禄、國家之を奪わば、却って一措大と為らん。又た將に何を以て自ら奉養せんとするやと。又た嘗て門生を戒めて曰く、天下惟だ浙人のみ褊急にして動き易く、柔懦にして立つこと少なし。衍、幕府に在りしより監司と為るに至るまで、人尚お信ぜず。三司副使と為るに及び、累ねて上前に執奏して移らず。人始めて之を信ず。反って曰く、杜衍是くの如し。兩浙の生に非ざるかと。其の吾が黨を輕んずること此くの如し。子の識慮の髙遠、志尚の端慤なるを觀るに、他日、植立して當に鄉曲の顯と為るべし。謹んで少しも枉げて時の為に上下せらるる勿かれと。
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍門生に縣令と為る者有り。公之を戒めて曰く、子の才器、一縣令は施すに足らず。然れども切に當に韜晦して圭角を露わす無かるべし。方を毁ちて瓦合し、中に合うを求むれば可なり。然らずんば事に益無く、徒らに禍を取るのみと。門生曰く、公は平生、直亮忠信を以て天下に重んぜらる。今、反って某に誨うるに此を以てするは何ぞやと。公曰く、衍は任を厯すること多く、年を厯すること乆し。上は帝王の知る所と為り、次は朝野の信ずる所と為る。故に其の志を申ぶるを得たり。今、子は縣令為り。巻舒・休戚、之を長吏に係く。夫れ良二千石なる者は固より得易からず。若し奏知せずんば、子、焉くんぞ以て其の志を申ぶるを得ん。徒らに禍を取るのみ。予、子に方を毁ちて瓦合し、中に合うを求めしめんと欲する所以なりと。
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍嘗て門生に謂いて曰く、官と作るは第一に清、人の知るを求むる無きを畏る。茍しくも人に知られんと欲せば、同列の不慎なる者衆く、必ず己を譛らん。上為る者、又た明察を加えず。適だ禍を取るに足るのみ。但だ其の間に優游し、黙して之を行い、心に愧じ無ければ可なりと。
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍公、客を享するに多く髹器を用う。客に面のあたり稱嘆する有りて曰く、公、相と為りて清貧なること乃ち爾るかと。公、侍人に命じて盡く白金の燕器を取りて前に陳ねしめて曰く、衍、此を乏しとするに非ず。雅より好まざるのみと。然れども公の性は施すを好み、亦た卒に蓄えざるなり。張唐公侍讀壊、曰く、公の施すを好むは人の能く及ぶ所なり。其の妄りに施さざるは人の能わざる所なりと。