宋名臣言行録 / 前集巻三・張詠
公寢室中無侍婢服玩之物閴如也李畋嘗侍坐廡下因謂公寢禪室不如公哂曰吾不為輕肥為官以至此吾往年及第後以詩寄傅霖逸人云前来失脚下漁磯苦戀明時未得歸寄與巢由莫相笑此心不是愛輕肥豈今日之言也
新字:公寝室中無侍婢服玩之物閴如也李畋嘗侍坐廡下因謂公寝禅室不如公哂曰吾不為軽肥為官以至此吾往年及第後以詩寄傅霖逸人云前来失脚下漁磯苦恋明時未得帰寄与巣由莫相笑此心不是愛軽肥豈今日之言也
書き下し
公の寢室の中、侍婢・服玩の物無く、閴如たり。李畋嘗て廡下に侍坐す。因りて謂う、公の寢は禪室に如かずと。公哂いて曰く、吾れ輕肥を為さず。官と為りて以て此に至る。吾れ往年及第の後、詩を傅霖逸人に寄せて云う、前来、脚を失して漁磯を下る、明時に苦戀して未だ歸るを得ず、巢由に寄與す、相い笑う莫かれ、此の心は是れ輕肥を愛するにあらずと。豈に今日の言ならんやと。
現代語訳
公の寝室の中には、侍女も装身具や玩具の類も無く、ひっそりとしていた。李畋があるとき廊下に侍って坐っていた。そこで言った。「公のお休みになる所は、禅室にも及びません」。公は微笑して言った。「私は軽い馬車や肥えた馬のためにやってきたのではない。官に就いてここまで来た。私は昔、及第した後に、詩を隠者の傅霖に寄せてこう書いた。『さきごろ足を滑らせて釣り場を下り、明るい世を慕って、まだ帰ることができずにいる。巣父と許由に言い送る、笑わないでくれ、この心は軽肥を愛するのではない』。どうして今日になって言うことだろうか」。
解説
寝室に何も無いのを見た門人が「禅室にも及ばない」と言った条です。公の答えは、いまの心境ではありませんでした。及第した直後に隠者へ送った詩を、そのまま持ち出しています。足を滑らせて釣り場を下りた、まだ帰れずにいる、この心は軽肥を愛するのではない、と。そして一行。どうして今日になって言うことだろうか、と。若い日に一度書いたことを、そのまま生き方の証拠として出しています。
この章句が説くこと
吾れ軽肥を為さず官と為りて以て此に至る此の心は是れ軽肥を愛するにあらず豈に今日の言ならんや初志一貫質素
関連する章句
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