宋名臣言行録 / 前集巻九・孫奭
毎上前説經及亂君之國事反復申繹未嘗避諱因以規諷又掇五經切治道者爲五十篇號經典徽言上之畫無逸爲圖乞施便坐爲勸鑒之助
新字:毎上前説経及乱君之国事反復申繹未嘗避諱因以規諷又掇五経切治道者為五十篇号経典徽言上之画無逸為図乞施便坐為勧鑒之助
書き下し
上前に説經する毎に、亂君の國事に及べば、反復申繹して未だ嘗て諱を避けず。因りて以て規諷す。又た五經の治道に切なる者を掇りて五十篇と爲し、經典徽言と號して之を上る。無逸を畫きて圖と爲し、便坐に施して以て勸鑒の助と爲さんことを乞う。
現代語訳
帝の前で経書を説くたび、乱れた君主の国の事に及ぶと、繰り返し敷衍して、一度も憚りを避けなかった。それによってそれとなく戒めた。また五経の中で治める道に切実なものを選んで五十篇とし、「経典徽言」と名づけて差し出した。「無逸」の篇を絵に描いて図とし、日常の御座所に掛けて戒めの助けにするよう願い出た。
解説
講義を、そのまま諫めに使った条です。**乱れた君主の国の事に及ぶと、繰り返し敷衍して、一度も憚りを避けなかった。**教材にあることを読んでいるだけですから、咎めようがありません。そして三つの形を作っています。**五経から五十篇を選んで一冊にする。「無逸」を絵にして日常の御座所に掛ける。**読ませる、選んで渡す、見えるところに置く。届け方が変えてありました。
この章句が説くこと
乱君の国事に及べば反復申繹して未だ嘗て諱を避けず五経の治道に切なる者を掇りて五十篇と為し経典徽言と号して之を上る無逸を画きて図と為し便坐に施して以て勧鑒の助と為す講義諫言教材
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