宋名臣言行録 / 前集巻九・孫奭
永興軍上言朱能得天書真宗自拜迎入宫公知河陽上疏切諫以爲天且無言安得有書其辭有云得來唯自於朱能崇信只聞於陛下其質直如此上亦不之責頃之朱能果敗
新字:永興軍上言朱能得天書真宗自拝迎入宫公知河陽上疏切諫以為天且無言安得有書其辞有云得来唯自於朱能崇信只聞於陛下其質直如此上亦不之責頃之朱能果敗
書き下し
永興軍、上言す、朱能、天書を得たりと。真宗、自ら拜迎して宫に入る。公、河陽を知る。疏を上りて切諫す。以爲えらく、天且つ言無し。安んぞ書有るを得んやと。其の辭に云う有り、得來するは唯だ朱能よりし、崇信するは只だ陛下より聞くと。其の質直なること此くの如し。上も亦た之を責めず。頃くして朱能、果たして敗る。
現代語訳
永興軍が上言した。朱能が天書を得た、と。真宗は自ら拝んで迎えて宮に入れた。公は河陽の長官であった。上疏して厳しく諫めた。「天はそもそも物を言わない。どうして書があり得ようか」と考えた。その文にこういう言葉があった。「得てきたのはただ朱能から、崇めて信じるのは陛下からとしか聞きません」。その飾らない率直さは、このとおりであった。帝もそれを咎めなかった。ほどなく朱能は、はたして失脚した。
解説
天書騒ぎに、正面から一行で切り込んだ条です。**天はそもそも物を言わない。どうして書があり得ようか。**そして出どころを二つ並べています。**得てきたのはただ朱能から、崇めて信じるのは陛下からとしか聞きません。**天が出てきません。天書と呼ばれているものが、人二人のあいだで完結していることを、そのまま書いてみせました。**帝もそれを咎めなかった。**
この章句が説くこと
天且つ言無し安んぞ書有るを得んや得来するは唯だ朱能よりし崇信するは只だ陛下より聞く其の質直なること此くの如し上も亦た之を責めず天書直言出所
関連する章句
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