宋名臣言行録 / 前集巻九・王禹偁
出知黄州作三黜賦以見志卒章曰屈於身而不屈於道兮雖百謫其何虧吾當守正直而佩仁義兮惟終身而行之
新字:出知黄州作三黜賦以見志卒章曰屈於身而不屈於道兮雖百謫其何虧吾当守正直而佩仁義兮惟終身而行之
書き下し
出でて黄州を知る。三黜賦を作りて以て志を見す。卒章に曰く、身に屈すれども道に屈せず。百謫すと雖も其れ何ぞ虧けん。吾れ當に正直を守りて仁義を佩ぶべし。惟だ終身にして之を行わんと。
現代語訳
都を出て黄州の長官となった。「三黜賦」を作って志を示した。最後の章にこうあった。「身は屈しても、道には屈しない。百度落とされたとしても、何が欠けようか。私は正しさを守って仁義を身に帯びよう。ただ生涯、それを行い続けよう」。
解説
三度目に落とされたときに書いた賦です。題そのものが「三度落とされた賦」でした。**身は屈しても、道には屈しない。百度落とされたとしても、何が欠けようか。**屈したことは認めています。そのうえで、屈しないものを一つだけ分けている。**私は正しさを守って仁義を身に帯びよう。ただ生涯、それを行い続けよう。**
この章句が説くこと
身に屈すれども道に屈せず百謫すと雖も其れ何ぞ虧けん吾れ当に正直を守りて仁義を佩ぶべし惟だ終身にして之を行わん左遷志一貫
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