宋名臣言行録 / 前集巻九・田錫
太宗時錫上言軍國要機者一朝廷大體者四上嘗言錫有文行敢言真宗即位屢召對言事嘗請抄略御覽三百六十巻又採經史要言爲御屏風十巻以便觀覽及卒真宗謂劉沆曰田錫直臣也何天奪之速朝廷毎有小缺失方在思慮錫之章奏巳至矣
新字:太宗時錫上言軍国要機者一朝廷大体者四上嘗言錫有文行敢言真宗即位屢召対言事嘗請抄略御覧三百六十巻又採経史要言為御屏風十巻以便観覧及卒真宗謂劉沆曰田錫直臣也何天奪之速朝廷毎有小欠失方在思慮錫之章奏巳至矣
書き下し
太宗の時、錫、上言す、軍國の要機なる者一、朝廷の大體なる者四。上、嘗て言う、錫は文行有りて敢えて言うと。真宗即位す。屢々召對して事を言う。嘗て御覽三百六十巻を抄略せんことを請う。又た經史の要言を採りて御屏風十巻と爲し、以て觀覽に便す。卒するに及び、真宗、劉沆に謂いて曰く、田錫は直臣なり。何ぞ天の之を奪うこと之れ速やかなる。朝廷、毎に小缺失有りて方に思慮に在れば、錫の章奏、巳に至れりと。
現代語訳
太宗の時、田錫が上言した。軍と国の要となる機密が一件、朝廷の大体に関わることが四件。帝はかつて「田錫は文と行いがあって、あえて物を言う」と言った。真宗が即位した。たびたび召し出して事を述べた。かつて『太平御覧』三百六十巻を抄録することを願い出た。さらに経書と史書の要となる言葉を採って御用の屏風十巻とし、御覧に便利なようにした。亡くなったとき、真宗は劉沆に言った。「田錫は直言の臣であった。どうして天がこの人を奪うのがこれほど速かったのか。朝廷で何か小さな欠けや失敗があって、ちょうどそれを思案しているところへ、田錫の上奏がもう届いていた」。
解説
惜しまれ方が具体的な条です。**朝廷で何か小さな欠けや失敗があって、ちょうどそれを思案しているところへ、田錫の上奏がもう届いていた。**気づく速さのことを言っています。こちらが問題だと思い始めた時点で、もう文書が来ている。前半には、経書と史書の要点を屏風十巻にして御覧に便利なようにした、という仕事も入っています。**届くのが早い人**でした。
この章句が説くこと
錫は文行有りて敢えて言う経史の要言を採りて御屏風十巻と為し以て観覧に便す朝廷毎に小欠失有りて方に思慮に在れば錫の章奏巳に至れり直言速さ察知
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