宋名臣言行録 / 前集巻八・王徳用
公帥真定上遣使問公邉事公曰咸平景徳中邉兵二十餘萬皆屯定武不能分扼要害之地致虜兵軼境遽有澶淵之師又當時賜諸將陣圖人皆死守戰法緩急不相救以至於敗誠願不以陣圖賜諸將使得應變出竒立功
新字:公帥真定上遣使問公邉事公曰咸平景徳中邉兵二十余万皆屯定武不能分扼要害之地致虜兵軼境遽有澶淵之師又当時賜諸将陣図人皆死守戦法緩急不相救以至於敗誠願不以陣図賜諸将使得応変出奇立功
書き下し
公、真定に帥たり。上、使いを遣わして公に邉事を問う。公曰く、咸平・景徳中、邉兵二十餘萬、皆な定武に屯す。要害の地を分扼する能わず。虜兵の境を軼ゆるを致す。遽かに澶淵の師有り。又た當時、諸將に陣圖を賜う。人皆な戰法を死守す。緩急、相い救わず。以て敗るるに至る。誠に願わくは陣圖を以て諸將に賜わず、應變・出竒して功を立つるを得しめよと。
現代語訳
公が真定の帥であった。帝は使者を遣わして公に辺境のことを尋ねた。公は言った。「咸平・景徳の間、辺境の兵二十余万が、みな定武に駐屯していました。要害の地を分けて押さえることができませんでした。それで敵の兵が国境を越えることになったのです。急に澶淵の軍が動くことになりました。そのうえ当時、諸将に陣立ての図を賜りました。人はみな決められた戦法を守って動きませんでした。急なときに互いに救い合えなかった。それで敗れるに至ったのです。まことにどうか、陣立ての図を諸将に賜らず、変化に応じ奇策を出して功を立てられるようにしてください」。
解説
図を渡すな、と願い出た条です。理由が二つ挙がっています。**兵二十余万が一か所に駐屯して、要害を分けて押さえられなかった。**そして**陣立ての図を賜ったので、人はみな決められた戦法を守って動かず、急なときに互いに救い合えなかった。**手本を渡すことが、そのまま動けなくする、と。前に読んだ晏殊が「陣図を諸将に授けて敵に応じて攻守させた」のと合わせると、渡し方の問題だったことが分かります。
この章句が説くこと
邉兵二十余万皆な定武に屯す要害の地を分扼する能わず諸将に陣図を賜う人皆な戦法を死守す緩急相い救わず陣図を以て諸将に賜わず応変出奇して功を立つるを得しめよ権限手本硬直
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