宋名臣言行録 / 前集巻八・王徳用
公在定州契丹使人覘其軍或勸公執而戮之公曰吾軍整而和使覘者得實以歸是屈人兵以不戰也
新字:公在定州契丹使人覘其軍或勧公執而戮之公曰吾軍整而和使覘者得実以帰是屈人兵以不戦也
書き下し
公、定州に在り。契丹、人をして其の軍を覘わしむ。或るひと公に執えて之を戮せんことを勸む。公曰く、吾が軍は整いて和す。覘う者をして實を得て以て歸らしむるは、是れ人の兵を屈するに戰わざるを以てするなりと。
現代語訳
公が定州にいた。契丹が人をやってその軍の様子を探らせた。ある者が公に、捕らえて殺すよう勧めた。公は言った。「わが軍は整っていて和している。探る者に実際を掴んで帰らせるのは、それこそ人の兵を戦わずに屈させることだ」。
解説
間諜を、捕らえずに帰した条です。理由が自信でした。**わが軍は整っていて和している。**見られて困るものが無い。だから**探る者に実際を掴んで帰らせるのは、それこそ人の兵を戦わずに屈させることだ。**隠すのは、隠すべきものがあるからです。見せることがそのまま抑止になる、という状態を作ってありました。
この章句が説くこと
契丹人をして其の軍を覘わしむ吾が軍は整いて和す覘う者をして実を得て以て帰らしむるは是れ人の兵を屈するに戦わざるを以てするなり間諜自信抑止
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