宋名臣言行録 / 前集巻八・包拯
公知諫院列上唐魏鄭公三䟽請置座右以爲龜鑑爲中丞奏曰東宫虚位日久天下以爲憂羣臣數有言者卒未聞有所處置未審聖意持久不决何也太子者天下根本也根本不立禍孰大焉仁宗曰卿欲誰立公曰臣非才備位所以乞豫建太子者爲宗廟萬世計耳陛下問臣欲誰立是疑臣也臣行年七十且無子非邀後福者唯陛下裁察仁宗喜曰徐當議之
新字:公知諫院列上唐魏鄭公三䟽請置座右以為亀鑑為中丞奏曰東宫虚位日久天下以為憂羣臣数有言者卒未聞有所処置未審聖意持久不決何也太子者天下根本也根本不立禍孰大焉仁宗曰卿欲誰立公曰臣非才備位所以乞予建太子者為宗廟万世計耳陛下問臣欲誰立是疑臣也臣行年七十且無子非邀後福者唯陛下裁察仁宗喜曰徐当議之
書き下し
公、諫院を知る。唐の魏鄭公の三䟽を列上し、座右に置きて以て龜鑑と爲さんことを請う。中丞と爲り、奏して曰く、東宫の位を虚しくすること日に久し。天下以て憂いと爲す。羣臣、數々言有る者あり。卒に未だ處置する所有るを聞かず。未だ審らかにせず、聖意、持久して决せざるは何ぞや。太子は天下の根本なり。根本立たずんば、禍い孰れか大ならん。仁宗曰く、卿、誰を立てんと欲するやと。公曰く、臣は非才にして位を備う。豫め太子を建てんことを乞う所以の者は、宗廟萬世の計を爲すのみ。陛下、臣に誰を立てんと欲するかと問うは、是れ臣を疑うなり。臣、行年七十にして且つ子無し。後福を邀うる者に非ず。唯だ陛下、裁察したまえと。仁宗喜びて曰く、徐ろに當に之を議すべしと。
現代語訳
公は諫院を管掌した。唐の魏徴の三つの上疏を並べて差し出し、座右に置いて手本とするよう求めた。中丞となって、奏上した。「東宮の位が空いて、日が久しくなりました。天下はそれを憂えております。群臣でたびたび申し上げる者があります。それでも処置があったとは聞きません。よく分かりませんが、聖意が長く持ち越して決められないのは、どうしてでしょうか。太子は天下の根本です。根本が立たなければ、禍いにこれより大きいものがありましょうか」。仁宗は言った。「卿は誰を立てようというのか」。公は言った。「臣は才が無いのに位を占めております。あらかじめ太子を立てるよう願うわけは、宗廟の万世の計を思うだけです。陛下が臣に誰を立てたいのかとお尋ねになるのは、それは臣を疑っておられるのです。臣は年七十で、そのうえ子がありません。後の福を求める者ではありません。ただ陛下、お裁きください」。仁宗は喜んで言った。「ゆっくり議することにしよう」。
解説
この章句が説くこと
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論語・公冶長篇子曰わく、吾未だ剛なる者を見ず。或る人対えて曰わく、申棖。子曰わく、棖は慾あり。焉んぞ剛ならんや。
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尚書・太甲下言の汝の心に逆らう有らば必ず諸を道に求め、言の汝の志に遜う有らば必ず諸を非道に求めよ。
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