宋名臣言行録 / 前集巻八・包拯
公始及第以親老侍養不仕官且十年人稱其孝知開封府爲人剛嚴不可干以私京師爲之語曰闗節不到有閻羅包老
新字:公始及第以親老侍養不仕官且十年人称其孝知開封府為人剛厳不可干以私京師為之語曰関節不到有閻羅包老
書き下し
公、始めて第に及ぶ。親の老いたるを以て侍養して仕えざること官且に十年。人、其の孝を稱す。開封府を知る。人と爲り剛嚴にして、干すに私を以てす可からず。京師、之が爲に語りて曰く、闗節到らざるは閻羅・包老有ればなりと。
現代語訳
公ははじめて及第した。親が年老いているので、そばで養って官に就かないことがおよそ十年。人はその孝を称えた。開封府の長官となった。人となりが剛直で厳しく、私情によって働きかけることができなかった。都はそのために言い合った。「口利きが通らないのは、閻魔と包老がいるからだ」。
解説
及第してから十年、親のそばにいて官に就かなかった条です。そのうえで**「口利きが通らないのは、閻魔と包老がいるからだ」。**閻魔と並べられている。前の条で騙されもした人ですが、それでも**私情による働きかけが通らない**という評判のほうは動かなかった。十年の空白と、この評判が同じ人物の記録に並んでいます。
この章句が説くこと
親の老いたるを以て侍養して仕えざること官且に十年人と為り剛厳にして干すに私を以てす可からず関節到らざるは閻羅包老有ればなり孝清廉口利き
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