宋名臣言行録 / 前集巻八・包拯
公在言路極言時事復爲京尹令行禁止至今天下皆呼包待制又曰包家市井小民及田野之人凡狥私者皆指笑之曰你一個包家見貪汚者曰你一箇司馬家天下稱司馬公曰司馬家
新字:公在言路極言時事復為京尹令行禁止至今天下皆呼包待制又曰包家市井小民及田野之人凡狥私者皆指笑之曰你一個包家見貪汚者曰你一箇司馬家天下称司馬公曰司馬家
書き下し
公、言路に在りて時事を極言す。復た京尹と爲る。令行われ禁止まる。今に至るまで天下皆な包待制と呼ぶ。又た曰く、包家と。市井の小民及び田野の人、凡そ私を狥う者は、皆な之を指し笑いて曰く、你、一箇の包家なりと。貪汚を見る者は曰く、你、一箇の司馬家なりと。天下、司馬公を稱して曰く、司馬家と。
現代語訳
公は諫官の職にあって時事を厳しく論じた。ふたたび開封の長官となった。命令は行われ、禁令は守られた。いまに至るまで天下はみな「包待制」と呼ぶ。また「包家」とも言う。町の民や田野の人は、私情に従う者を見ると、みなその者を指して笑って言った。「おまえは一人の包家だな」。汚職を見た者は言った。「おまえは一人の司馬家だな」。天下は司馬光を称して「司馬家」と言った。
解説
名前が、そのまま皮肉の言葉になった条です。**私情に従う者を見ると「おまえは一人の包家だな」、汚職を見ると「おまえは一人の司馬家だな」。**逆説的な使い方です。私情に流れる人を、私情を許さない人の名で呼ぶ。町の民や田野の人が、日常でそう言い合っていた。**その人がどんな人か、名前を聞いただけで通じる。**評判の届き方として、これ以上のものはありません。
この章句が説くこと
令行われ禁止まる今に至るまで天下皆な包待制と呼ぶ凡そ私を狥う者は皆な之を指し笑いて曰く你一箇の包家なり貪汚を見る者は曰く你一箇の司馬家なり評判名皮肉
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