宋名臣言行録 / 前集巻八・吳育
陳執中罷相仁宗問誰可代卿者執中舉育上即召赴闕㑹乾元節侍晏偶醉坐睡忽驚顧拊床呼其從者上愕然即除西京留臺以此觀之執中雖俗吏亦可賢也育之不相命矣夫然晚節有心疾亦難大用仁宗非棄才之主也
新字:陳執中罷相仁宗問誰可代卿者執中舉育上即召赴闕会乾元節侍晏偶酔坐睡忽驚顧拊床呼其従者上愕然即除西京留台以此観之執中雖俗吏亦可賢也育之不相命矣夫然晩節有心疾亦難大用仁宗非棄才之主也
書き下し
陳執中、相を罷む。仁宗、誰か卿に代わる可き者かを問う。執中、育を舉ぐ。上、即ち召して闕に赴かしむ。㑹々乾元節、晏に侍す。偶ま醉いて坐睡す。忽ち驚き顧みて床を拊ち、其の從者を呼ぶ。上愕然として、即ち西京留臺に除す。此を以て之を觀れば、執中は俗吏なりと雖も、亦た賢とす可きなり。育の相たらざるは命なるかな。然れども晚節、心疾有り。亦た大用し難し。仁宗は才を棄つるの主に非ざるなり。
現代語訳
陳執中が宰相を罷免された。仁宗は、誰が卿に代われるかと尋ねた。陳執中は呉育を挙げた。帝はすぐに召して都へ来させた。ちょうど乾元節で、宴に侍った。たまたま酔って座ったまま眠った。突然驚いて見回し、寝台を叩いて従者を呼んだ。帝はあきれて、すぐに西京留台に任じた。これによって見れば、陳執中は俗な役人ではあったが、やはり賢いとすることができる。呉育が宰相にならなかったのは、天命であろう。しかし晩年に心の病があった。やはり大いに用いるのは難しい。仁宗は才を捨てる君主ではなかったのである。
解説
宰相になる寸前で、宴で眠ってしまった条です。突然驚いて見回し、寝台を叩いて従者を呼んだ。病の発作でした。帝はその場で地方の閑職に任じています。編者の書き方が公平です。自分の後任にこの人を挙げた陳執中は、俗な役人だが賢いとすることができる。そして仁宗は才を捨てる君主ではなかった。誰も責めずに、天命という言葉で置いています。
この章句が説くこと
執中育を舉ぐ上即ち召して闕に赴かしむ偶ま酔いて坐睡す忽ち驚き顧みて床を拊ち其の従者を呼ぶ育の相たらざるは命なるかな仁宗は才を棄つるの主に非ざるなり病天命推薦
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