宋名臣言行録 / 前集巻八・吳育
公在二府太保公以列卿奉朝請父子在廷士大夫以為榮而公踧踖不安自言子班父前非所以示人以法顧不敢以人子私亂朝廷之制願得罷去不聽
新字:公在二府太保公以列卿奉朝請父子在廷士大夫以為栄而公踧踖不安自言子班父前非所以示人以法顧不敢以人子私乱朝廷之制願得罷去不聴
書き下し
公、二府に在り。太保公、列卿を以て朝請を奉ず。父子、廷に在り。士大夫、以て榮と爲す。而して公、踧踖として安んぜず。自ら言う、子、父の前に班す。人に示すに法を以てする所以に非ず。顧みるに敢えて人子の私を以て朝廷の制を亂さず。願わくは罷め去るを得んと。聽されず。
現代語訳
公は二府にいた。父の太保公は列卿として朝廷に参列していた。父と子が同じ朝廷にいた。士大夫はそれを名誉なことだとした。ところが公は落ち着かず不安であった。自分から言った。「子が父の前に並んでいます。人に手本を示すやり方ではありません。かといって、あえて子としての私情によって朝廷の制度を乱すわけにもいきません。どうか辞めさせてください」。許されなかった。
解説
父と同じ朝廷にいて、自分のほうが席次が上だった条です。周りは名誉だと言いました。本人だけが落ち着かない。**子が父の前に並んでいます。人に手本を示すやり方ではありません。**そして逃げ道も自分で塞いでいます。**かといって、子としての私情によって朝廷の制度を乱すわけにもいきません。**席次を変えてくれ、とは言わない。だから辞めさせてくれ、と。
この章句が説くこと
父子廷に在り士大夫以て栄と為す而して公踧踖として安んぜず子父の前に班す人に示すに法を以てする所以に非ず敢えて人子の私を以て朝廷の制を乱さず願わくは罷め去るを得ん序列孝制度
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