宋名臣言行録 / 前集巻八・狄青
初青自請擊智髙諫官韓絳上言青武人不足專任固請以侍從文臣爲之副上以問執政時龎籍獨爲相對曰屬者王師所以屢敗皆由大將自輕偏禆人人自用遇賊或進或退力不能制也今青起於行伍若以侍從之臣副之彼視青如無青之號令復不得行是循覆車之軌也青昔在鄜延居臣麾下沉勇有智略若專以智髙事委之使青先以威齊衆然後用之必能辦賊幸陛下勿以爲憂也上曰善於是詔嶺南用兵皆受青節度
新字:初青自請擊智高諫官韓絳上言青武人不足専任固請以侍従文臣為之副上以問執政時龎籍独為相対曰属者王師所以屢敗皆由大将自軽偏禆人人自用遇賊或進或退力不能制也今青起於行伍若以侍従之臣副之彼視青如無青之号令復不得行是循覆車之軌也青昔在鄜延居臣麾下沈勇有智略若専以智高事委之使青先以威斉衆然後用之必能辦賊幸陛下勿以為憂也上曰善於是詔嶺南用兵皆受青節度
書き下し
初め青、自ら智髙を擊たんことを請う。諌官韓絳、上言す、青は武人なり。專任するに足らず。固く侍從の文臣を以て之が副と爲さんことを請うと。上、以て執政に問う。時に龎籍、獨り相と爲る。對えて曰く、屬者、王師の屢々敗るる所以は、皆な大將自ら輕んじ、偏禆人人自ら用い、賊に遇いて或いは進み或いは退き、力、制する能わざるに由るなり。今、青は行伍より起こる。若し侍從の臣を以て之に副えば、彼、青を視ること無きが如し。青の號令、復た行うを得ず。是れ覆車の軌を循るなり。青、昔、鄜延に在りて臣の麾下に居る。沉勇にして智略有り。若し專ら智髙の事を以て之に委ね、青をして先ず威を以て衆を齊えしめ、然る後に之を用いば、必ず能く賊を辦ぜん。幸わくは陛下、以て憂いと爲す勿かれと。上曰く、善しと。是に於て詔して、嶺南の用兵、皆な青の節度を受けしむ。
現代語訳
はじめ狄青が自分から儂智高を撃つことを願い出た。諫官の韓絳が上言した。「狄青は武人です。任せきりにするには足りません。ぜひとも侍従の文臣をその副官とすべきです」。帝はそれを執政に尋ねた。当時、龐籍が一人で宰相であった。答えた。「近ごろ、官軍がたびたび敗れるわけは、みな大将が自ら軽く見られ、副将たちがそれぞれ勝手に動き、賊に遭って進んだり退いたりして、力で抑えられないことによります。いま狄青は兵卒から起こった者です。もし侍従の臣を副官に付ければ、彼らは狄青を居ないもののように見るでしょう。狄青の号令はもう行われなくなる。これは転覆した車の轍をたどることです。狄青は昔、鄜延で臣の麾下におりました。落ち着いて勇があり、智略があります。もし儂智高の事をもっぱらこの者に委ね、狄青にまず威によって全軍を揃えさせ、そのうえで用いれば、必ず賊を片づけられます。どうか陛下、憂いとなさいませんように」。帝は「よろしい」と言った。そこで詔を下して、嶺南の用兵はみな狄青の指揮を受けることとした。
解説
この章句が説くこと
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『宋名臣言行録』前集巻八・狄青時に余靖、賔州に軍す。智髙の將に至らんとするを聞き、其の城を棄つ。廣南西路鈐轄陳某を遣わし、萬人を將いて智髙を擊たしむ。戰い敗れて遁げ歸る。青、賔州に至る。余・陳皆な來りて迎謁す。青、悉く將佐を幕府に集め、陳某を庭下に立たしめ、其の敗軍の罪を數う。并びに軍校數十人、皆な之を斬る。諸將股栗し、敢えて仰ぎ視る莫し。靖起ちて拜して曰く、某の律を失うは、亦た靖の節制の罪なりと。青曰く、舍人は文臣なり。軍旅の責は任ずる所に非ざるなりと。是に於て兵を勒して進む。智髙大敗す。捷書至る。上喜びて龎籍に謂いて曰く、嶺南、卿の執議の堅きに非ずんば平らぐ能わず。今日、皆な卿の功なりと。青還る。上、以て樞宻使・同平章事と爲さんと欲す。籍曰く、昔、曹彬、江南を平らぐ。太祖之に謂いて曰く、朕、卿を以て使相と爲さんと欲す。然れども今、敵尚お多し。卿、使相と爲らば、安んぞ肯えて復た朕の爲に死力を盡くさんやと。錢二十萬緡を賜うのみ。今、青、功有りと雖も、未だ彬の大なるが若くならず。若し賞するに此の官を以てせば、則ち富貴極まれり。異日、復た冦盗有りて青更に功を立てば、將に何の官を以て之に賞せんとするや。且つ青、軍中より起こりて位を二府に致す。衆論紛然たり。國朝、未だ此の比有らずと爲す。今、幸いにして功を立て、論ずる者方に息む。若し又た之を賞すること太だ過ぐれば、是れ又た青をして衆人に罪を得しむるなり。臣の言う所は、徒だ國體に便なるのみに非ず。亦た青の爲に謀るなり。昔、衛青、巳に大將軍と爲り侯に封ぜられ功を立つ。漢武帝、更に其の子を封じて侯と爲す。陛下、若し賞功未だ盡くさずと謂わば、更に宜しく其の諸子を官すべしと。之を爭うこと累日。上乃ち之を許す。青に䕶國軍節度を加え、仍りて諸子の官を遷す。既にして議する者、多く青の賞薄しと謂う。石全彬、復た青の爲に功を中書に訟う。竟に以て樞宻使と爲す。
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『宋名臣言行録』前集巻八・狄青智髙、兵敗れて邕州に奔る。其の下、皆な其の窟穴を窮めんと欲す。青も亦た從わず。以謂えらく、利に趨り勢いに乘じて不測の城に入るは、大將の事に非ずと。智髙、因りて免るるを獲たり。天下皆な青の邕州に入らずして、智髙を埀死に脱せしむるを罪とす。然れども青の兵を用うる、勝を主とするのみ。竒功を求めず。故に未だ嘗て大敗せず。功を計るに最も多し。卒に名將と爲る。譬えば奕棋の如し。巳に敵に勝てば止む可きのみ。然るに猶お攻擊して已まざれば、徃徃にして大敗す。此れ青の戒むる所なり。利に臨みて能く戒む。乃ち青の人に過ぐる處なり。
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『宋名臣言行録』前集巻八・狄青青の命を受くるや、貴近に因りて青に從いて行かんことを求むる者有り。青、延見して之に謂いて曰く、君、青に從いて行かんと欲す。此れ青の求むる所なり。何ぞ必ずしも人の言に因らんや。然れども智髙は小冦なり。青を遣わして行かしむるに至る。以て事の急なるを知る可し。青に從うの士、能く賊を擊ちて功有らば、朝廷に厚賞有り。青、敢えて之が爲に請わずんばあらず。若し徃きて賊を擊つ能わずんば、則ち軍中の法重し。青、敢えて私せざるなり。君、其れ之を思え。行くを願わば則ち即ち奏して君を取らん。獨り君のみに非ず。君の親戚・交遊の士、幸わくは皆な此の言を以て之に告げよ。茍しくも行かんと欲する者は、皆な青の求むる所なりと。是に於て聞く者大いに駭き、復た敢えて言いて青に從いて行かんことを求むる者無し。其の辟取する所は、皆な青の素より知る所にして、以て用う可しと爲す者なり。人望固より巳に歸せり。
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『宋名臣言行録』前集巻八・狄青廣源州の蠻儂智髙、其の衆を以て叛く。南方の備え無きに乗じ、連ねて邕・賔等七州を破り、廣州に至る。至る所、吏民を殺し、縱掠す。東南大いに駭く。朝廷、驍將張忠・蔣偕を遣わし、驛を馳せて之を討たしむ。甫めて至れば則ち皆な摧䧟する所と為る。又た楊畋・孫沔・余靖を遣わして招撫せしむ。皆な久しくして功無し。仁宗之を憂う。遂に樞宻副使狄青を遣わして宣撫使と爲し、衆を率いて之を擊たしむ。翰林學士曽公亮、以て方畧を爲す所を問う。青、初め肯えて言わず。公亮固く之を問う。青廼ち曰く、比者、軍制立たず。又た廣州の敗より、賞罰明らかならざるのみ。今、當に軍制を立て賞罰を明らかにすべきのみ。然れども恐らくは賊、青の來るを見て、以謂えらく遣わす所の官重しと。勢い必ず之に見ゆるを得ざらん。公亮又た問う、賊の標牌、殆ど當たる可からず。如何と。青曰く、此れ易きのみ。標牌は歩兵なり。騎兵に當たれば則ち施す能わずと。
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『宋名臣言行録』前集巻八・狄青時に智髙、還りて邕州を守る。青、崑崙闗の險阨、據らるる所と爲るを懼る。乃ち賔州に令を下し、其の五日の糧、士卒を休ましむ。賊の諜、備えを爲さずと知る。是の夜、大風雨あり。青、衆を率いて半夜の時、崑崙闗を度る。既に度りて喜びて曰く、賊、此を守るを知らず。爲す能う無きなり。彼、夜半風雨にて吾れ敢えて來らずと謂う。吾が來るは、其の不意に出づる所以なりと。巳に邕州に近づく。賊方に覺る。歸仁舖に逆戰す。青、髙きに登りて之を望む。賊、坡上に據る。我が軍之に薄る。禆將孫節、流矢に中りて死す。青、急に軍を麾きて進ましむ。人人皆な殊死して戰う。是より先、青、巳に蕃落の馬二千を縱ちて賊の後に出でしむ。是に至り前後合擊す。賊の標牌軍、馬軍の衝突する所と爲り、皆な駐まる能わず。軍士又た馬上の鐡連枷を縱ちて之を擊つ。遂に皆な披靡し、相い枕藉して死す。賊遂に大敗す。智髙、果たして城を焚きて遁れ去る。青、先に公亮と言う、軍制を立て賞罰を明らかにす、賊、見るを得可からず、標牌は騎兵に當たる能わずと。皆な料る所の如し。青、堂户の上に坐して兵を數千里の外に論ず。辭約にして慮明なり。古の名將と雖も、何を以て此に加えん。豈に特だ一時の武人の崛起する者ならんや。
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『宋名臣言行録』前集巻八・狄青青の智髙を征するや、桂林を過ぐるより、即ち辨色の時を以て先鋒を行かしむ。先鋒既に行く。青乃ち帳を出でて衙を受く。罷めて諸將に命じて坐して酒一巵・小餐を飲ましめ、然る後に中軍行く。率ね以て常と爲す。崑崙闗下に頓軍するに及び、翌日、將に闗を度らんとす。晨に起き、諸將、帳に詣りて立つこと甚だ久し。而して青、尚お未だ坐治せず。日髙きに至る。親吏、之を疑い、遽かに入りて周視すれば、則ち青の在る所を知らず。諸將方に相い顧みて驚愕す。俄かに軍□の至る有りて曰く、宣徽、諸官に傳語す、請う、闗を過ぎて食を喫せよと。方に知る、青、巳に㣲服して先鋒と同に闗を度れるを。