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宋名臣言行録 / 前集巻八・狄青

廣源州蠻儂智髙以其衆叛乗南方無備連破邕賔等七州至廣州所至殺吏民縱掠東南大駭朝廷遣驍將張忠蔣偕馳驛討之甫至則皆為所摧䧟又遣楊畋孫沔余靖招撫皆久之無功仁宗憂之遂遣樞宻副使狄青爲宣撫使率衆擊之翰林學士曽公亮問所以爲方畧者青初不肯言公亮固問之青廼曰比者軍制不立又自廣州之敗賞罰不明今當立軍制明賞罰而巳然恐賊見青來以謂所遣之官重勢必不得見之公亮又問賊之標牌殆不可當如何青曰此易耳標牌歩兵也當騎兵則不能施矣

新字:広源州蠻儂智高以其衆叛乗南方無備連破邕賔等七州至広州所至殺吏民縦掠東南大駭朝廷遣驍将張忠蔣偕馳駅討之甫至則皆為所摧䧟又遣楊畋孫沔余靖招撫皆久之無功仁宗憂之遂遣枢宻副使狄青為宣撫使率衆擊之翰林学士曽公亮問所以為方畧者青初不肯言公亮固問之青廼曰比者軍制不立又自広州之敗賞罰不明今当立軍制明賞罰而巳然恐賊見青来以謂所遣之官重勢必不得見之公亮又問賊之標牌殆不可当如何青曰此易耳標牌歩兵也当騎兵則不能施矣

書き下し

廣源州の蠻儂智髙、其の衆を以て叛く。南方の備え無きに乗じ、連ねて邕・賔等七州を破り、廣州に至る。至る所、吏民を殺し、縱掠す。東南大いに駭く。朝廷、驍將張忠・蔣偕を遣わし、驛を馳せて之を討たしむ。甫めて至れば則ち皆な摧䧟する所と為る。又た楊畋・孫沔・余靖を遣わして招撫せしむ。皆な久しくして功無し。仁宗之を憂う。遂に樞宻副使狄青を遣わして宣撫使と爲し、衆を率いて之を擊たしむ。翰林學士曽公亮、以て方畧を爲す所を問う。青、初め肯えて言わず。公亮固く之を問う。青廼ち曰く、比者、軍制立たず。又た廣州の敗より、賞罰明らかならざるのみ。今、當に軍制を立て賞罰を明らかにすべきのみ。然れども恐らくは賊、青の來るを見て、以謂えらく遣わす所の官重しと。勢い必ず之に見ゆるを得ざらん。公亮又た問う、賊の標牌、殆ど當たる可からず。如何と。青曰く、此れ易きのみ。標牌は歩兵なり。騎兵に當たれば則ち施す能わずと。

現代語訳

広源州の蛮族の儂智高が、その一党を率いて叛いた。南方に備えが無いのに乗じて、続けて邕州・賓州など七州を破り、広州に至った。行く先々で役人も民も殺し、ほしいままに略奪した。東南は大いに驚いた。朝廷は猛将の張忠・蔣偕を遣わし、駅馬を走らせて討たせた。着いたとたん、どちらもくじかれ陥落した。さらに楊畋・孫沔・余靖を遣わして招き慰撫させた。どれも長くかかって功が無かった。仁宗はそれを憂えた。そこで枢密副使の狄青を遣わして宣撫使とし、軍を率いて撃たせた。翰林学士の曽公亮が、どんな方策を立てるかと尋ねた。狄青ははじめ言おうとしなかった。曽公亮は固く尋ねた。狄青はそこで言った。「このごろ、軍の制度が立っていません。そのうえ広州の敗戦以来、賞罰が明らかでないだけです。いまは軍制を立てて賞罰を明らかにすべきだ、というだけのことです。しかし恐らく賊は、私が来るのを見て、遣わされた官が重いと考えるでしょう。勢いとして、必ずそれに会うことができなくなる」。曽公亮はさらに尋ねた。「賊の盾は、とても敵しがたい。どうするか」。狄青は言った。「それはたやすいことです。盾は歩兵のものです。騎兵に当たれば、使いようがありません」。

解説

出陣前に、三つだけ答えた条です。**軍の制度が立っていない。広州の敗戦以来、賞罰が明らかでない。だから軍制を立てて賞罰を明らかにする、それだけだ。**戦術ではなく、組織の話から始まっています。二つ目が読みでした。**私が来るのを見て、遣わされた官が重いと考えて、会えなくなるだろう。**逃げられる、と予告している。三つ目が**盾は歩兵のもの、騎兵に当たれば使いようがない。**この三つが、後で全部そのとおりになります。

この章句が説くこと

比者軍制立たず又た広州の敗より賞罰明らかならざるのみ今当に軍制を立て賞罰を明らかにすべきのみ標牌は歩兵なり騎兵に当たれば則ち施す能わず軍制賞罰予見

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