宋名臣言行録 / 前集巻八・狄青
青之征智髙也自過桂林即以辨色時先鋒行先鋒既行青乃出帳受衙罷命諸將坐飲酒一巵小餐然後中軍行率以爲常及頓軍崑崙闗下翌日將度闗晨起諸將詣帳立甚久而青尚未坐治至日髙親吏疑之遽入周視則不知青所在諸將方相顧驚愕俄有軍□至曰宣徽(青爲宣徽南院使)傳語諸官請過闗喫食方知青巳㣲服同先鋒度闗矣
新字:青之征智高也自過桂林即以弁色時先鋒行先鋒既行青乃出帳受衙罷命諸将坐飲酒一巵小餐然後中軍行率以為常及頓軍崑崙関下翌日将度関晨起諸将詣帳立甚久而青尚未坐治至日高親吏疑之遽入周視則不知青所在諸将方相顧驚愕俄有軍□至曰宣徽(青為宣徽南院使)伝語諸官請過関喫食方知青巳微服同先鋒度関矣
書き下し
青の智髙を征するや、桂林を過ぐるより、即ち辨色の時を以て先鋒を行かしむ。先鋒既に行く。青乃ち帳を出でて衙を受く。罷めて諸將に命じて坐して酒一巵・小餐を飲ましめ、然る後に中軍行く。率ね以て常と爲す。崑崙闗下に頓軍するに及び、翌日、將に闗を度らんとす。晨に起き、諸將、帳に詣りて立つこと甚だ久し。而して青、尚お未だ坐治せず。日髙きに至る。親吏、之を疑い、遽かに入りて周視すれば、則ち青の在る所を知らず。諸將方に相い顧みて驚愕す。俄かに軍□の至る有りて曰く、宣徽、諸官に傳語す、請う、闗を過ぎて食を喫せよと。方に知る、青、巳に㣲服して先鋒と同に闗を度れるを。
現代語訳
狄青が儂智高を征伐したとき、桂林を過ぎてからは、夜明けの薄明かりの時刻に先鋒を出発させた。先鋒が出発する。狄青はそこで天幕を出て朝の点呼を受ける。終わってから諸将に命じて坐って酒を一杯と軽い食事を取らせ、そのうえで中軍が出発した。おおむねそれを常とした。崑崙関の下に軍を止めたとき、翌日、関を越えようとしていた。朝に起きて、諸将は天幕へ行って長いこと立っていた。ところが狄青はまだ席に着いて事を執らなかった。日が高くなった。近侍の役人がそれを不審に思い、急いで入ってあたりを見回すと、狄青のいる所が分からなかった。諸将はちょうど顔を見合わせて驚いていた。ほどなく軍の使いが来て言った。「宣徽どのが諸官に伝言です。関を越えてから食事をなさってください」。そこではじめて分かった。狄青はもう身をやつして、先鋒とともに関を越えていた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
葉隠・聞書第一手跡(しゅせき)の行儀正しく、疎略(そりゃく)なきより上はあるまじけれども、その分にては、堅(かた)くれ賤(いや)しく見ゆるなり。この上に、格(かく)を離(はな)れたる姿あるべし。諸事(しょじ)にこの理(ことわり)あるべし。
-
史記 礼書歩驟馳騁広騖するも外れず、是を以て君子の性は宮庭を守るなり。人域是れ域とするは、士君子なり。是に外るるは、民なり。是に於いて中し、房皇周浹し、曲直其の次序を得るは、聖人なり。故に厚きとは、礼の積なり。大なるとは、礼の広なり。高きとは、礼の隆なり。明らかなるとは、礼の尽なり。
-
論語・先進篇子張、善人の道を問う。子曰く、「跡を践まずんば、亦た室に入らず。」
-
『文武訓』文訓上之末一今の人詩を作るは、其人我が身に私して、みづからいみじと思ひて作るも多かり。又みづからつたなき事を知りて、わが作にほこらざれども、其人おもへらく、古人の如くうるはしくはならずとも、只時々の景気をながめ情をのべて、心をなぐさめん料なれば、つたなくとも害なしとおもひて、詩を作ることを好めるなるべし。今時の人の作れる詩、つたなくしても大やう詩の法にかなひて、ひがごとすくなくば、其人に応じ、情をのぶる助ともなりなん。我ともがらの、文学つたなく詩を知らざる者の作れる詩は、文字のつづき、字の置所、意を用ふること皆法にかなはず。かかる詩は、拙きと巧なるとを論ずるにもいまだ及ばず、ひがごと多く、法にそむきて詩とはいひがたし。
-
孟子・告子章句上孟子曰く、「羿(ゲイ)の人に射を教うるには、必ず彀(コウ)に志す。學者も亦た必ず彀に志す。大匠の人に誨うるには、必ず規矩を以てす。學者も亦た必ず規矩を以てす。」
-
『呻吟語』内篇・修身・世に十態有り世に十態有り、君子は焉を免る。武人の態(粗豪)無く、婦人の態(柔懦)無く、兒女の態(嬌稚)無く、市井の態(貪鄙)無く、俗子の態(庸陋)無く、蕩子の態(儇佻)無く、伶優の態(滑稽)無く、閭閻の態(村野)無く、堂下人の態(局迫)無く、婢子の態(卑諂)無く、偵諜の態(詭暗)無く、商賈の態(衒售)無し。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る