宋名臣言行録 / 前集巻八・狄青
戍涇原日嘗與虜戰大勝追奔數里虜忽壅遏山嵎知其前必遇險士卒皆欲奮擊青遽鳴鉦止之虜得引去驗其處果臨深澗將佐悔不擊青獨曰不然奔亡之虜忽止而拒我安知非謀軍巳大勝殘冦不足利得之無所加重萬一落其術中存亡不可知寧悔不擊不可悔不止
新字:戍涇原日嘗与虜戦大勝追奔数里虜忽壅遏山嵎知其前必遇険士卒皆欲奮擊青遽鳴鉦止之虜得引去験其処果臨深澗将佐悔不擊青独曰不然奔亡之虜忽止而拒我安知非謀軍巳大勝残寇不足利得之無所加重万一落其術中存亡不可知寧悔不擊不可悔不止
書き下し
涇原を戍る日、嘗て虜と戰いて大いに勝つ。奔を追うこと數里。虜、忽ち山嵎に壅遏す。其の前に必ず險に遇わんことを知る。士卒皆な奮擊せんと欲す。青、遽かに鉦を鳴らして之を止む。虜、引き去るを得たり。其の處を驗するに、果たして深澗に臨む。將佐、擊たざるを悔ゆ。青獨り曰く、然らず。奔亡の虜、忽ち止まりて我を拒む。安んぞ謀に非ざるを知らん。軍已に大いに勝つ。殘冦、利するに足らず。之を得るも加重する所無し。萬一、其の術中に落ちなば、存亡知る可からず。寧ろ擊たざるを悔ゆとも、止まらざるを悔ゆ可からずと。
現代語訳
涇原を守っていた日、あるとき敵と戦って大勝した。逃げるのを数里追った。敵は突然、山の隅に留まって塞いだ。その前方には必ず険しい地形があると知った。兵はみな奮って撃とうとした。狄青はすぐに鉦を鳴らしてそれを止めた。敵は引き揚げることができた。その場所を確かめると、はたして深い谷に臨んでいた。将たちは撃たなかったことを悔やんだ。狄青だけが言った。「そうではない。逃げていた敵が突然止まって我らを拒んだ。どうしてそれが謀りでないと分かるのか。軍はすでに大勝している。残った賊は、得ても足しにならない。取ったところで重みは加わらない。万一その術中に落ちれば、生きるか死ぬか分からない。撃たなかったことを悔やむほうがましで、止まらなかったことを悔やむわけにはいかない」。
解説
勝ったあとに追撃を止めた条です。読み方が一行でした。**逃げていた敵が突然止まって我らを拒んだ。どうしてそれが謀りでないと分かるのか。**そして損得を並べます。**すでに大勝している。残った賊は、取ったところで重みは加わらない。万一その術中に落ちれば、生きるか死ぬか分からない。**締めが名句です。**撃たなかったことを悔やむほうがましで、止まらなかったことを悔やむわけにはいかない。**
この章句が説くこと
奔亡の虜忽ち止まりて我を拒む安んぞ謀に非ざるを知らん軍已に大いに勝つ残寇利するに足らず寧ろ擊たざるを悔ゆとも止まらざるを悔ゆ可からず追撃抑制危険
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