宋名臣言行録 / 前集巻七・种世衡
嵩受教至野利所居致將軍命出棗龜投之野利知見侮笑曰吾素竒种將軍今何兒女子見識度嵩别有書嵩佯目左右既而答以無有野利不敢匿乃封其信上元昊數日元昊召野利與嵩俱西北行數百里至一大城曰興州先詣一官寺曰樞宻院次曰中書有數羌人雜坐野利與焉召嵩廷詰將軍書問所在嵩堅執前對稍稍去巾櫛加執縛至于捶楚極苦嵩終不易其言
新字:嵩受教至野利所居致将軍命出棗亀投之野利知見侮笑曰吾素奇种将軍今何児女子見識度嵩別有書嵩佯目左右既而答以無有野利不敢匿乃封其信上元昊数日元昊召野利与嵩倶西北行数百里至一大城曰興州先詣一官寺曰枢密院次曰中書有数羌人雑坐野利与焉召嵩廷詰将軍書問所在嵩堅執前対稍稍去巾櫛加執縛至于捶楚極苦嵩終不易其言
書き下し
嵩、教を受けて野利の居る所に至り、將軍の命を致す。棗・龜を出だして之に投ず。野利、侮らるるを見るを知り、笑いて曰く、吾れ素より种將軍を竒とす。今、何ぞ兒女子の見識ぞと。嵩を度るに别に書有らんと。嵩、佯りて左右を目す。既にして答うるに無しと以てす。野利、敢えて匿さず。乃ち其の信を封じて元昊に上る。數日、元昊、野利を召す。嵩と俱に西北に行くこと數百里。一大城に至る。興州と曰う。先ず一官寺に詣る。樞宻院と曰う。次を中書と曰う。數羌人の雜坐する有り。野利焉に與る。嵩を召して將軍の書を廷詰し、所在を問う。嵩、堅く前の對を執る。稍稍として巾櫛を去り、執縛を加え、捶楚に至りて極めて苦しむ。嵩、終に其の言を易えず。
現代語訳
王嵩は教えを受けて野利のいるところへ行き、将軍の言葉を伝えた。棗と亀の絵を出して投げ与えた。野利は侮られていると知って、笑って言った。「私はもともと种将軍を非凡だと思っていた。いま、なんという女子どもの見識だ」。王嵩には別に書状があるだろうと推し量った。王嵩は偽って左右に目をやった。そして「ありません」と答えた。野利はそれを隠しておけなかった。そこでその信物を封じて元昊に差し出した。数日して、元昊は野利を召した。王嵩とともに西北へ数百里行った。一つの大きな城に着いた。興州といった。まず一つの役所へ行った。枢密院といった。次を中書といった。数人の羌人が入り交じって坐っていた。野利もそこに加わった。王嵩を召して将軍の書状について問い詰め、どこにあるかを尋ねた。王嵩は固く先の答えを守った。しだいに頭巾を取り去り、縛りを加え、鞭打ちに至って極めて苦しんだ。王嵩はついにその言葉を変えなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡又た數日、召して一官寺に入る。㕔事廣楹、皆な班竹の箔を垂る。緑衣の小竪、其の左右に立つ。嵩、元昊の宫室ならんと意う。少頃して箔中に人有りて出づ。又た前の問を以て之を責めて曰く、若、速やかに言わずんば死せんと。嵩、對うること前の如し。乃ち曳き出して之を誅するを命ず。嵩大いに號し、且つ言いて曰く、始め將軍、嵩を遣わして宻かに野利王に書を遺らしむ。戒めて妄りに泄らすを得ざらしむ。今、不幸にして空しく死し、將軍の事を了せず。吾れ將軍に負く、吾れ將軍に負くと。箔中、急に人をして之を追い問わしむ。嵩、具さに以て對う。乃ち衲衣を禠ぎ、書を取りて以て進む。書入りて刻を移す。始めて嵩に館に就きて優待するに禮を以てするを命ず。
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡元昊、是に於て野利を疑う。隂かに愛將を遣わし、假りて野利の使いと為して將軍に使いせしむ。將軍、元昊の遣わす所なるを知り、未だ即ちには見えず。屬官に命じて館に入りて之を勞わしむ。虜中の山川・地形を問う。興州の左右に在るは則ち言うこと詳らかなり。野利の所部に迫れば、多くは悉くする能わず。適ま生虜數人を擒う。因りて隙中に之を視しむ。生虜、能く其の姓名を言う。果たして元昊の使いなり。將軍の意決す。乃ち之に見ゆ。使者、野利の語を傳え、將軍に元昊を慢罵して、野利、内附するに心有りと稱す。乃ち厚く使者を遣りて曰く、吾が為に若の王に語れ、速やかに決して遲留する無かれと。使者の至るを度るに、嵩即ち還る。而して野利、已に死を報ず。
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡始め元昊、邉を冦す。王師屢々撓む。虜の氣燄益々張る。常に關中を并吞するの意有り。其の將剛浪㖫は野利王と號し、某は天都王と號す。元昊、倚りて腹心と為す。凡そ我が軍に勝つは、皆な二將の䇿なり。公方に青澗に城く。謀りて以て之を去る有り。王嵩なる者有り。本と青澗の僧なり。將軍、其の堅朴なるを察し、誘いて冠帶せしむ。因りて師を出だし、賊の級を以て之に予う。帥府に白して表して三班借職を授け、經略司の指使に充つ。且つ力めて為に其の家事を辦ず。凡そ居室・騎從・衣食の具、悉く將軍より出づ。嵩、恩に感ずること既に深し。將軍、反って禮せず、奴を以て之を畜う。或いは掠治して械繫すること數日。嵩、其の苦しみに勝えずと雖も、卒に一辭も將軍を望むこと無し。將軍、兵事に任ず可きを知る。居ること半年、嵩を召して之に謂いて曰く、吾れ將に事を以て汝を使わさんとす。吾れ汝に戒む、言わざる所、其の苦しみ此に甚だしき者有りと雖も、汝、吾が為に卒に言わざる能うや否やと。嵩泣きて對えて曰く、將軍の恩教を䝉り、身を榮顯に致す。常に誓うに死を以て報いんとするも、未だ其の所を知らず。況んや敢えて捶楚を辭せんやと。將軍乃ち野利に遺る書を草す。書辭は大抵、世間の起居を問うの儀の如し。惟だ數句の隠辭を以て、嘗て私約有りて其の速やかに之を行うを勸むるの意の如くす。尺素に書し、且つ膏るに蠟を以てし、衲衣の間に置きて宻かに之を縫う。嵩に告ぐ、濵死に非ずんば泄らすを得ず。如し之を泄らさば、當に恩に負き吾が事を成す能わざるを以て言を為すべしと。并びに畫□一幅・棗一部を以て信牌と為して野利に遺る。
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『智囊』詭道・韋孝寬・岳飛・種世衡崧泣きてこれを允く。世衡乃ち野利に書を草し、膏蠟もて衲衣の間に致し、密かにこれを縫う。仍りてこれに祝して曰く、「此れは瀕死に非ずんば泄らすを得ず。若し泄らす時は、当に言うべし、『恩に負き将軍の事を成す能わず』と」と。又、画亀一幅、棗一蔀を以て野利に遺る。野利、棗・亀を見、必ず書有りと度り、これを索む。崧、左右に目し、又「無し」と対う。野利乃ち信を封じて元昊に上す。元昊、崧と野利とを数百里の外に召し、遺書を詰問す。崧堅く執りて書無しと言い、箠楚を至らしめて極めて苦しむも、終に説かず。又数日して、私かに召して其の宮に至らしめ、乃ち人をしてこれに問わしむ、「速やかに言わずんば、死せん」と。崧終に説かず。乃ち命じて曳き出して斬らしむ。崧乃ち大号して言う、「空しく死せば、将軍の事を了せず。吾、将軍に負く、吾、将軍に負く」と。其の人、急ぎ追いてこれを問う。崧是に於いて衲衣を褫ぎ、書を取りて進め入る。移刻、崧に命じて館に就かしめ、而して陰かに愛将を遣わして偽りて野利の使と為し、世衡に使いせしむ。世衡、是れ元昊の使かと疑い、未だ即ち相見えず。只だ官属をして日に即ち館舎に労問せしむ。興州の左右に問い及ぶや則ち詳らかなるも、野利の部する所に至りては悉くせず。適々生虜数人を擒え、世衡、隙中より密かに覘わしむ。生虜因りて使者の姓名を言う。果たして元昊の使なり。
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『智囊』詭道・韋孝寬・岳飛・種世衡乃ち使者を引見して、これを厚く遣る。世衡、使の返り、崧の即ち還るを度る。而して野利、死を報ぜり。世衡既に野利を殺し、又天都を並せ去らんと欲し、因りて祭を境上に設け、祭文を版に書き、二将の相結び、意を本朝に有するも、其の垂成にして敗るるを悼むと述ぶ。其の祭文を紙幣の中に雑え、虜の至る有るや、急ぎ之を以て帰る。版の字は遽かに滅すべからず。虜、之を得て以て元昊に献じ、天都も亦罪を得たり。元昊既に腹心の将を失い、悔恨及ぶ無く、乃ち和議を定む。崧は姓を復して王嵩と為り、後に官は諸司使に至る。今に至るまで辺人これを「王和尚」と謂う。〔述〕沈存中の『補筆談』にも亦此の事を載せ、云う、「世衡、厚く崧を遣り、軍機の密事数条を以て之に与えて曰く、『此れを以て借手とすべし』と。行くに臨み、服する所の絮袍を解きて之に贈りて曰く、『虜の地は苦寒なり。此れを以て別れとなす。彼に至らば須く万計もて遇乞に見えんことを求めよ。即ち野利王なり。此の人に非ずんば、以て其の心腹を得る無し』と。崧、教うる所の如くし、間関して遇乞に通ぜんことを求む。虜人覚りて之を疑い、有司に執らう。数日して、或いは其の袍の領中を発き、世衡の遇乞に与うる書を得たり。詞甚だ款密なり。崧は初め領中の書を知らず。虜人これを苦しむること備に至るも、終に情を言わず。虜人、因りて遇乞を疑い、これを殺し、崧を北境に遷す。亡げ帰る」と。事稍々異なる。『筆談』に据れば則ち領中の書は崧も知らず、崧の膽才は壮にして、似て更に奇なり。世衡又嘗て罪を以て一悉将を怒り、其の背を杖つ。僚属の為に請うも、皆得る能わず。其の人、杖已わるや、即ち元昊に奔る。元昊甚だこれを親信し、歳余にして、尽く其の機密を得て以て帰る。乃ち世衡の能く間を用いるを知るなり。
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡將軍、謀の已に行わるるを知る。因りて并びに天都を間たんと欲す。又た為に祭を境上に置く。文を版に書して以て弔す。多く野利と天都と相い結び、本朝に意有るを述ぶ。其の垂成にして失するを悼む。其の文を紙幣に雜え、虜の至る有るを伺いて急に之を爇きて以て歸る。版字、遽かには滅す可からず。虜人之を得て以て元昊に獻ず。天都、此を以て亦た罪を得たり。元昊、既に二將を失う。乆しくして始めて將軍に賣らるるを悟る。遂に講和の䇿を定めしなり。

人生を、一行の式にしてみた。
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