宋名臣言行録 / 前集巻七・种世衡
始元昊冦邉王師屢撓虜之氣燄益張常有并吞關中之意其將剛浪㖫號野利王某號天都王元昊倚為腹心凡勝我軍皆二將之䇿也公方城青澗謀有以去之有王嵩者本青澗僧將軍察其堅朴誘令冠帶因出師以賊級予之白於帥府表授三班借職充經略司指使且力為辦其家事凡居室騎從衣食之具悉出將軍嵩感恩既深將軍反不禮以奴畜之或掠治械繫數日嵩雖不勝其苦卒無一辭望將軍將軍知可任兵事居半年召嵩謂之曰吾將以事使汝吾戒汝所不言其苦雖有甚于此者汝能為吾卒不言否嵩泣對曰䝉將軍恩教致身榮顯常誓以死報而未知其所況敢辭捶楚乎將軍乃草遺野利書書辭大抵如世間問起居之儀惟以數句隠辭如嘗有私約而勸其速行之意書於尺素且膏以蠟置衲衣間宻縫之告嵩非濵死不得泄如泄之當以負恩不能成吾事為言并以畫□一幅棗一部為信牌遺野利
新字:始元昊寇邉王師屡撓虜之気焔益張常有并呑関中之意其将剛浪㖫号野利王某号天都王元昊倚為腹心凡勝我軍皆二将之策也公方城青澗謀有以去之有王嵩者本青澗僧将軍察其堅朴誘令冠帯因出師以賊級予之白於帥府表授三班借職充経略司指使且力為辦其家事凡居室騎従衣食之具悉出将軍嵩感恩既深将軍反不礼以奴畜之或掠治械繋数日嵩雖不勝其苦卒無一辞望将軍将軍知可任兵事居半年召嵩謂之曰吾将以事使汝吾戒汝所不言其苦雖有甚于此者汝能為吾卒不言否嵩泣対曰䝉将軍恩教致身栄顕常誓以死報而未知其所況敢辞捶楚乎将軍乃草遺野利書書辞大抵如世間問起居之儀惟以数句隠辞如嘗有私約而勧其速行之意書於尺素且膏以蝋置衲衣間密縫之告嵩非浜死不得泄如泄之当以負恩不能成吾事為言并以画□一幅棗一部為信牌遺野利
書き下し
始め元昊、邉を冦す。王師屢々撓む。虜の氣燄益々張る。常に關中を并吞するの意有り。其の將剛浪㖫は野利王と號し、某は天都王と號す。元昊、倚りて腹心と為す。凡そ我が軍に勝つは、皆な二將の䇿なり。公方に青澗に城く。謀りて以て之を去る有り。王嵩なる者有り。本と青澗の僧なり。將軍、其の堅朴なるを察し、誘いて冠帶せしむ。因りて師を出だし、賊の級を以て之に予う。帥府に白して表して三班借職を授け、經略司の指使に充つ。且つ力めて為に其の家事を辦ず。凡そ居室・騎從・衣食の具、悉く將軍より出づ。嵩、恩に感ずること既に深し。將軍、反って禮せず、奴を以て之を畜う。或いは掠治して械繫すること數日。嵩、其の苦しみに勝えずと雖も、卒に一辭も將軍を望むこと無し。將軍、兵事に任ず可きを知る。居ること半年、嵩を召して之に謂いて曰く、吾れ將に事を以て汝を使わさんとす。吾れ汝に戒む、言わざる所、其の苦しみ此に甚だしき者有りと雖も、汝、吾が為に卒に言わざる能うや否やと。嵩泣きて對えて曰く、將軍の恩教を䝉り、身を榮顯に致す。常に誓うに死を以て報いんとするも、未だ其の所を知らず。況んや敢えて捶楚を辭せんやと。將軍乃ち野利に遺る書を草す。書辭は大抵、世間の起居を問うの儀の如し。惟だ數句の隠辭を以て、嘗て私約有りて其の速やかに之を行うを勸むるの意の如くす。尺素に書し、且つ膏るに蠟を以てし、衲衣の間に置きて宻かに之を縫う。嵩に告ぐ、濵死に非ずんば泄らすを得ず。如し之を泄らさば、當に恩に負き吾が事を成す能わざるを以て言を為すべしと。并びに畫□一幅・棗一部を以て信牌と為して野利に遺る。
現代語訳
はじめ趙元昊が国境を侵した。官軍はたびたびくじかれた。敵の勢いはますます張った。いつも関中を併呑する意図があった。その将の剛浪㖫は野利王と号し、もう一人は天都王と号した。元昊は頼りにして腹心とした。およそ我が軍に勝ったのは、みなこの二将の策であった。公はちょうど青澗城を築いていた。謀ってこの二人を除こうとした。王嵩という者があった。もともと青澗の僧であった。将軍はその者が固く朴訥なのを見て取り、勧めて還俗させた。そこで出兵して、敵の首級を与えた。帥府に申し上げ、上表して三班借職を授け、経略司の指使に充てた。そのうえ力を尽くしてその家の事を整えてやった。住まいも馬も従者も衣食の道具も、みな将軍から出た。王嵩は恩を感じることが深かった。将軍はところが礼を尽くさず、下男のように扱った。あるいは打ち据えて何日も繋いだ。王嵩はその苦しみに堪えられなかったが、ついに一言も将軍を恨まなかった。将軍は、この者は軍事に任じられると分かった。半年たって、王嵩を呼んで言った。「私はある事でおまえを使いに出そうと思う。おまえに戒めておく。言ってはならないことを、これよりひどい苦しみがあっても、私のためについに言わずにいられるか」。王嵩は泣いて答えた。「将軍の恩と教えを受けて、身を栄えある地位に至らせていただきました。いつも死をもって報いようと誓っておりましたが、その機会を知りませんでした。まして、どうして鞭打ちを辞退しましょうか」。将軍はそこで野利に送る書状の草を作った。文面はおおむね、世間で安否を尋ねる形式のようであった。ただ数句の隠語で、かつて内々の約束があってそれを早く実行するよう勧める意を込めた。絹一枚に書き、そのうえ蠟を塗って、僧衣の間に入れてひそかに縫い込んだ。王嵩に告げた。「死にかけるまでは漏らしてはならない。もし漏らすなら、恩に背いて私の事を成せなかったと言え」。あわせて画□一幅と棗一包みを信牌として野利に贈った。
解説
この章句が説くこと
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡元昊、是に於て野利を疑う。隂かに愛將を遣わし、假りて野利の使いと為して將軍に使いせしむ。將軍、元昊の遣わす所なるを知り、未だ即ちには見えず。屬官に命じて館に入りて之を勞わしむ。虜中の山川・地形を問う。興州の左右に在るは則ち言うこと詳らかなり。野利の所部に迫れば、多くは悉くする能わず。適ま生虜數人を擒う。因りて隙中に之を視しむ。生虜、能く其の姓名を言う。果たして元昊の使いなり。將軍の意決す。乃ち之に見ゆ。使者、野利の語を傳え、將軍に元昊を慢罵して、野利、内附するに心有りと稱す。乃ち厚く使者を遣りて曰く、吾が為に若の王に語れ、速やかに決して遲留する無かれと。使者の至るを度るに、嵩即ち還る。而して野利、已に死を報ず。
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡嵩、教を受けて野利の居る所に至り、將軍の命を致す。棗・龜を出だして之に投ず。野利、侮らるるを見るを知り、笑いて曰く、吾れ素より种將軍を竒とす。今、何ぞ兒女子の見識ぞと。嵩を度るに别に書有らんと。嵩、佯りて左右を目す。既にして答うるに無しと以てす。野利、敢えて匿さず。乃ち其の信を封じて元昊に上る。數日、元昊、野利を召す。嵩と俱に西北に行くこと數百里。一大城に至る。興州と曰う。先ず一官寺に詣る。樞宻院と曰う。次を中書と曰う。數羌人の雜坐する有り。野利焉に與る。嵩を召して將軍の書を廷詰し、所在を問う。嵩、堅く前の對を執る。稍稍として巾櫛を去り、執縛を加え、捶楚に至りて極めて苦しむ。嵩、終に其の言を易えず。
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡又た數日、召して一官寺に入る。㕔事廣楹、皆な班竹の箔を垂る。緑衣の小竪、其の左右に立つ。嵩、元昊の宫室ならんと意う。少頃して箔中に人有りて出づ。又た前の問を以て之を責めて曰く、若、速やかに言わずんば死せんと。嵩、對うること前の如し。乃ち曳き出して之を誅するを命ず。嵩大いに號し、且つ言いて曰く、始め將軍、嵩を遣わして宻かに野利王に書を遺らしむ。戒めて妄りに泄らすを得ざらしむ。今、不幸にして空しく死し、將軍の事を了せず。吾れ將軍に負く、吾れ將軍に負くと。箔中、急に人をして之を追い問わしむ。嵩、具さに以て對う。乃ち衲衣を禠ぎ、書を取りて以て進む。書入りて刻を移す。始めて嵩に館に就きて優待するに禮を以てするを命ず。
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『智囊』詭道・韋孝寬・岳飛・種世衡乃ち使者を引見して、これを厚く遣る。世衡、使の返り、崧の即ち還るを度る。而して野利、死を報ぜり。世衡既に野利を殺し、又天都を並せ去らんと欲し、因りて祭を境上に設け、祭文を版に書き、二将の相結び、意を本朝に有するも、其の垂成にして敗るるを悼むと述ぶ。其の祭文を紙幣の中に雑え、虜の至る有るや、急ぎ之を以て帰る。版の字は遽かに滅すべからず。虜、之を得て以て元昊に献じ、天都も亦罪を得たり。元昊既に腹心の将を失い、悔恨及ぶ無く、乃ち和議を定む。崧は姓を復して王嵩と為り、後に官は諸司使に至る。今に至るまで辺人これを「王和尚」と謂う。〔述〕沈存中の『補筆談』にも亦此の事を載せ、云う、「世衡、厚く崧を遣り、軍機の密事数条を以て之に与えて曰く、『此れを以て借手とすべし』と。行くに臨み、服する所の絮袍を解きて之に贈りて曰く、『虜の地は苦寒なり。此れを以て別れとなす。彼に至らば須く万計もて遇乞に見えんことを求めよ。即ち野利王なり。此の人に非ずんば、以て其の心腹を得る無し』と。崧、教うる所の如くし、間関して遇乞に通ぜんことを求む。虜人覚りて之を疑い、有司に執らう。数日して、或いは其の袍の領中を発き、世衡の遇乞に与うる書を得たり。詞甚だ款密なり。崧は初め領中の書を知らず。虜人これを苦しむること備に至るも、終に情を言わず。虜人、因りて遇乞を疑い、これを殺し、崧を北境に遷す。亡げ帰る」と。事稍々異なる。『筆談』に据れば則ち領中の書は崧も知らず、崧の膽才は壮にして、似て更に奇なり。世衡又嘗て罪を以て一悉将を怒り、其の背を杖つ。僚属の為に請うも、皆得る能わず。其の人、杖已わるや、即ち元昊に奔る。元昊甚だこれを親信し、歳余にして、尽く其の機密を得て以て帰る。乃ち世衡の能く間を用いるを知るなり。
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『智囊』詭道・韋孝寬・岳飛・種世衡元昊に腹心の将有り、野利王・天都王と号する者、各々精兵を統べ、最も毒害を為す。種世衡、これを去らんと謀る。野利、嘗て浪裡・賞乞・媚娘の三人をして世衡に詣りて降を乞わしむ。世衡其の詐を知り、曰く、「これを殺さんよりは、因りて以て間と為すに若かず」と。留めて臨稅に出入せしめ、騎従甚だ寵す。紫山寺の僧法崧なる者有り。世衡、其の堅樸にして用うべきを察し、延きて門下に致し、誘いて冠帯せしむ。因りて出師し、賊を獲たる功を以て帥府に白し、表して三班の階職を授け、指揮使に充てしむ。又為に力めて其の家事を弁じ、凡そ居事騎従の具、備えざる無し。崧は酗酒狎博し、為さざる所無し。世衡待つこと愈々厚し。崧既に恩に感ず。一日、世衡忽ち怒り、崧に謂いて曰く、「我、汝を待つこと子の如し。而るに陰かに賊と連なる。何ぞ相負くや」と。械して係ぐこと数十日、極めて其の楚毒を加う。崧終に怨みず、曰く、「崧は丈夫なり。公、奸人の言を聴きて見殺さんと欲す。死有るのみ」と。居ること半年、世衡其の負かざるを察し、為に縛を解き沐浴せしめ、延きて臥内に入れ、厚く撫して謝して曰く、「汝に過ち無し。聊か相試みしのみ。為して間たらしめんと欲す。其の苦しみ此れより甚だしき者有り。汝、能く我が為に卒に言わざるや」と。
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡將軍、謀の已に行わるるを知る。因りて并びに天都を間たんと欲す。又た為に祭を境上に置く。文を版に書して以て弔す。多く野利と天都と相い結び、本朝に意有るを述ぶ。其の垂成にして失するを悼む。其の文を紙幣に雜え、虜の至る有るを伺いて急に之を爇きて以て歸る。版字、遽かには滅す可からず。虜人之を得て以て元昊に獻ず。天都、此を以て亦た罪を得たり。元昊、既に二將を失う。乆しくして始めて將軍に賣らるるを悟る。遂に講和の䇿を定めしなり。

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