宋名臣言行録 / 前集巻七・种世衡
在青澗為屬吏所訟不法事按驗皆有狀鄜延路經略使龎公奏世衡披荆棘立青澗城若一一拘以文法則邉將无所措手足詔勿問及徙知環州將行别龎公拜且泣曰世衡心腸鐵石也今日為公下淚矣
新字:在青澗為属吏所訟不法事按験皆有状鄜延路経略使龎公奏世衡披荆棘立青澗城若一一拘以文法則邉将无所措手足詔勿問及徙知環州将行別龎公拝且泣曰世衡心腸鉄石也今日為公下涙矣
書き下し
青澗に在り、屬吏の訟うる所と為り、不法の事、按驗するに皆な狀有り。鄜延路經略使龎公、奏す、世衡、荆棘を披きて青澗城を立つ。若し一一文法を以て拘せば、則ち邉將、手足を措く所无しと。詔して問う勿からしむ。環州を知るに徙るに及び、將に行かんとす。龎公に别れ、拜し且つ泣きて曰く、世衡の心腸は鐵石なり。今日、公の為に下淚すと。
現代語訳
青澗城にいて、属僚に訴えられ、不法の事を取り調べると、どれも証拠があった。鄜延路経略使の龐籍が奏上した。「种世衡は荊の茨を切り開いて青澗城を立てました。もし一つ一つ法文で縛れば、辺境の将は手足の置きどころがありません」。詔が下って、問わないこととした。環州の長官に移ることになって、出発しようとした。龐籍に別れを告げ、拝礼してそのうえ泣いて言った。「私の心と腸は鉄と石です。今日、公のために涙を落とします」。
解説
不法の証拠が揃っていた人を、庇った条です。理屈が一行でした。**荊の茨を切り開いて青澗城を立てた。一つ一つ法文で縛れば、辺境の将は手足の置きどころがありません。**やったことを認めたうえで、その場所で必要だったと言っている。処分は取りやめになりました。別れの言葉が残っています。**私の心と腸は鉄と石です。今日、公のために涙を落とします。**
この章句が説くこと
不法の事按験するに皆な状有り世衡荆棘を披きて青澗城を立つ若し一一文法を以て拘せば則ち邉将手足を措く所无し世衡の心腸は鉄石なり今日公の為に下涙す庇護現場法
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