宋名臣言行録 / 前集巻七・种世衡
青澗東北一舍而逺距无定河河北有虜寨虜常濟河為患君數使屬羌擊之往必破走前後取首級數百牛羊萬計未嘗勞士卒也故功多而費寡建營田二千頃嵗取其利募商賈使通其貨或先貸之本速其流轉嵗時間其息十倍乃建白城中芻糧錢幣軍須城守之具皆不須外計一請自給
新字:青澗東北一舎而遠距无定河河北有虜寨虜常済河為患君数使属羌擊之往必破走前後取首級数百牛羊万計未嘗労士卒也故功多而費寡建営田二千頃歳取其利募商賈使通其貨或先貸之本速其流転歳時間其息十倍乃建白城中芻糧銭幣軍須城守之具皆不須外計一請自給
書き下し
青澗の東北一舍にして、逺く无定河に距たる。河北に虜寨有り。虜、常に河を濟りて患いを為す。君、數々屬羌をして之を擊たしむ。往けば必ず破走す。前後、首級數百・牛羊萬を計りて取る。未だ嘗て士卒を勞せざるなり。故に功多くして費寡なし。營田二千頃を建つ。歳に其の利を取る。商賈を募りて其の貨を通ぜしむ。或いは先ず之に本を貸し、其の流轉を速やかにす。歳時の間、其の息十倍す。乃ち白を建つ、城中の芻糧・錢幣、軍須・城守の具、皆な外に計るを須たず。一に自給を請うと。
現代語訳
青澗城の東北へ一舎の距離、遠く無定河を隔てていた。河の北に敵の砦があった。敵はいつも河を渡って害をなした。君はたびたび帰順した羌族にこれを撃たせた。行けば必ず破って走らせた。前後して首数百、牛羊は万を数えて取った。一度も自軍の兵を労さなかった。だから功が多くて費えが少なかった。屯田二千頃を作った。毎年その利を取った。商人を募ってその品物を流通させた。あるいは先に元手を貸して、その流れを速めた。一年のうちに、その利息が十倍になった。そこで申し立てた。城中の飼葉と兵糧、銭と貨幣、軍需と守城の道具は、みな外に頼らずに済む。すべて自給させてほしい、と。
解説
城一つを、自分で回るようにした条です。**帰順した羌族に撃たせて、一度も自軍の兵を労さなかった。だから功が多くて費えが少なかった。**そのうえで、屯田二千頃、商人を募って流通させ、元手を貸して回転を速める。**一年でその利息が十倍。**そして申し立てました。**飼葉も兵糧も銭も武具も、外に頼らずに済む。すべて自給させてほしい。**辺境の城が、外部の補給から独立した記録です。
この章句が説くこと
属羌をして之を擊たしむ未だ嘗て士卒を労せざるなり故に功多くして費寡なし商賈を募りて其の貨を通ぜしむ或いは先ず之に本を貸し其の流転を速やかにす城中の芻糧銭幣軍須城守の具皆な外に計るを須たず一に自給を請う自給屯田商業
関連する章句
-
『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡初め康定元年の春夏、戎、延安を犯す。君、時に大理丞と為り、鄜州の從事に任ず。建言す、延安の東北二百里に故の寛州有り。請う、其の廢壘に因りて之を興し、以て冦の衝に當たらん。左は河東の粟を致す可く、右は延安の勢いを固む可く、北は銀夏の舊を圖る可し。是の三利有りと。朝廷之に從う。君を以て役事を董せしむ。君、膽勇、人に過ぐ。戎落に逼ると雖も、曽て畏憚せず。兵民と暴露すること數月、且つ戰い且つ城く。然れども險に處りて泉無し。議して守る可からずとす。地を鑿ること百有五十尺、始めて石に至る。工徒、手を拱きて曰く、是れ井とす可からずと。君曰く、石を過ぎて下れば、將に泉無からんとするかと。爾、其れ之を屑きて出だせ。凡そ一畚、爾に百金を償わんと。工、復た其の力を致す。石數重を過ぐ。泉果たして沛發す。萬人歡呼して曰く、神なるかな。虜兵重圍すと雖も、吾れ困渇の患い無しと。既にして朝廷、故の寛州を署して青澗城と為す。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡涇原の葛懐敏、定川の敗、戎馬入りて渭に縱にす。子仲淹、慶州の蕃漢の兵を領して往きて邠城に扼す。又た君を召して涇原に分援せしむ。即時にして赴く。羌兵の從う者數千人。屬羌の吾が用と為るは、此れより始まる。君曰く、羌兵は用う可しと。乃ち復た士人に教えて弧矢を習わしめ、以て官軍を佐く。是に由りて縁邉の諸城、獨り環のみ増兵を求めず、益糧を煩わさずして、武力自ら振るう。夏戎、屬羌の誘う可からず、又た人皆な善く射るを聞く。烽火相い望み、日として備えざる無し。乃ち復た環を以て意と為さず。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、將と為り、持重に務め、近功・小利を急がず。延州に於て青澗城を築き、營田を墾き、承平・永平の廢寨を復す。熟羌の業に歸する者數萬戸。慶州に於て大順に城き、以て要害に據り、賊の地を奪いて之を耕す。又た細腰・胡盧に城く。是に於て明珠・滅藏等の大族、皆な賊を去りて中國の用と為る。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡青澗に在り、屬吏の訟うる所と為り、不法の事、按驗するに皆な狀有り。鄜延路經略使龎公、奏す、世衡、荆棘を披きて青澗城を立つ。若し一一文法を以て拘せば、則ち邉將、手足を措く所无しと。詔して問う勿からしむ。環州を知るに徙るに及び、將に行かんとす。龎公に别れ、拜し且つ泣きて曰く、世衡の心腸は鐵石なり。今日、公の為に下淚すと。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡慶厯三年の春、范文正、邉を巡りて至り、環慶經略使と為り、環州を知る。屬羌の多く貳心を懐き、宻かに元昊と通ずるを以て、世衡の素より屬羌の心を得て、而して青澗城已に完きを以て、乃ち奏して世衡を徙して環州を知らしめ、以て之を鎮撫せしむ。牛奴訛なる者有り。素より屈強にして、未だ嘗て出でて州官に見えず。世衡の至るを聞き、乃ち來りて郊迎す。世衡、約するに明日、當に其の帳に至りて部落を慰勞すべしと。是の夕、雪深きこと三尺。左右曰く、奴訛は凶詐にして信じ難し。且つ道險にして行く可からずと。世衡曰く、吾れ方に信を以て諸羌を結ぶ。期を失う可けんやと。遂に雪を冒して往く。既に至る。奴訛大いに驚きて曰く、吾れ世々此の山に居る。漢官、敢えて至る者無し。公、了に我を疑わざるかと。部落を帥いて羅拜す。皆な感激して心服す。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡初め青澗城に至り、吏民に射を習うを教う。僧道・婦人と雖も亦た之を習う。銀を以て射的と為し、中つる者に之を與う。既にして中つる者益々多し。其の銀の重輕は故の如くにして、的漸く厚く且つ小なり。或いは徭役の優重を爭わば、亦た之をして射せしむ。射中つる者は優處を得たり。過失有るも亦た之をして射せしむ。射中つれば則ち之を釋く。是に由りて人人皆な能く射す。