宋名臣言行録 / 前集巻七・范仲淹
公少有大節其於富貴貧賤毁譽歡戚不一動其心而慨然有志於天下常自誦曰士當先天下之憂而憂後天下之樂而樂也
新字:公少有大節其於富貴貧賤毀誉歓戚不一動其心而慨然有志於天下常自誦曰士当先天下之憂而憂後天下之楽而楽也
書き下し
公、少くして大節有り。其の富貴・貧賤・毁譽・歡戚に於て、一も其の心を動かさず。而して慨然として天下に志有り。常に自ら誦して曰く、士は當に天下の憂いに先んじて憂え、天下の樂しみに後れて樂しむべしと。
現代語訳
公は若くして大きな節操があった。富貴も貧賤も、そしられることも褒められることも、喜びも悲しみも、一つとしてその心を動かさなかった。そして感慨をもって天下に志があった。いつも自分で唱えて言った。「士は、天下の憂いに先立って憂え、天下の楽しみに後れて楽しむべきである」。
解説
「先憂後楽」の出どころです。『岳陽楼記』の一句として知られていますが、この書では若いころから、いつも自分で唱えていた言葉として置かれています。前に読んだ苦学の五年、屏風いっぱいの論争、庭で焼くと言った嫁入り道具、義荘、絹三千匹——それらの後にこの四十九字が来る。天下の憂いに先立って憂え、天下の楽しみに後れて楽しむ。言葉が先にあったのではなく、生涯のほうが先に並べられています。
この章句が説くこと
士は当に天下の憂いに先んじて憂え天下の楽しみに後れて楽しむべし富貴貧賤毀誉歓戚に於て一も其の心を動かさず富貴貧賤毁誉歓戚に於て一も其の心を動かさず慨然として天下に志有り志憂い
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