宋名臣言行録 / 前集巻七・范仲淹
公之子純仁娶婦將歸或傳婦以羅為帷幔者公聞之不悦曰羅綺豈帷幔之物耶吾家素清儉安得亂吾家法敢持至吾家當火於庭
新字:公之子純仁娶婦将帰或伝婦以羅為帷幔者公聞之不悦曰羅綺豈帷幔之物耶吾家素清倹安得乱吾家法敢持至吾家当火於庭
書き下し
公の子純仁、婦を娶る。將に歸らんとす。或るひと、婦、羅を以て帷幔と為すと傳う。公之を聞きて悦ばずして曰く、羅綺、豈に帷幔の物ならんや。吾が家は素より清儉なり。安んぞ吾が家法を亂すを得んや。敢えて持ちて吾が家に至らば、當に庭に火かんと。
現代語訳
公の子の范純仁が嫁を迎えた。まさに帰ろうとしていた。ある人が、嫁が薄絹を帳に使うと伝えた。公はそれを聞いて不快に思って言った。「薄絹や綾が、どうして帳にするものか。私の家はもともと清らかで倹しい。どうして私の家の法を乱してよいものか。あえて持って私の家へ来るなら、庭で焼くことになるぞ」。
解説
嫁入り道具に、先に釘を刺した条です。薄絹や綾が、どうして帳にするものか。私の家はもともと清らかで倹しい。そして脅しが具体的でした。あえて持って私の家へ来るなら、庭で焼くことになるぞ。入ってきてから注意するのではなく、入る前に伝えている。家の基準を新しく入る人に示す、という場面が、いちばん角の立つ形で残されています。
この章句が説くこと
婦羅を以て帷幔と為す羅綺豈に帷幔の物ならんや吾が家は素より清倹なり敢えて持ちて吾が家に至らば当に庭に火かん家法倹約事前
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