宋名臣言行録 / 前集巻七・范仲淹
公曰吾遇夜就寢即自計一日食飲奉養之費及所為之事果自奉之費與所為之事相稱則鼾鼻熟寐或不然則終夕不能安眠明日必求所以稱之者
新字:公曰吾遇夜就寝即自計一日食飲奉養之費及所為之事果自奉之費与所為之事相称則鼾鼻熟寐或不然則終夕不能安眠明日必求所以称之者
書き下し
公曰く、吾れ夜に遇いて寢に就けば、即ち自ら一日の食飲・奉養の費及び為す所の事を計る。果たして自奉の費と為す所の事と相い稱わば、則ち鼾鼻して熟寐す。或いは然らずんば則ち終夕、安眠する能わず。明日、必ず以て之に稱う所を求むと。
現代語訳
公は言った。「私は夜になって寝床に就くと、その日の飲食と暮らしにかかった費えと、自分がした事とを計算する。もし自分を養った費えと、した事とが釣り合っていれば、いびきをかいてぐっすり眠る。もしそうでなければ、一晩じゅう安眠できない。翌日は、必ずそれに釣り合うものを求める」。
解説
毎晩、その日の帳尻を合わせていた条です。合わせる二つが変わっています。**その日の飲食と暮らしにかかった費えと、自分がした事。**成果と目標ではありません。自分が食べた分だけの仕事をしたか、です。**釣り合っていれば、いびきをかいてぐっすり眠る。釣り合わなければ、一晩じゅう眠れない。翌日は必ずそれに釣り合うものを求める。**眠れるかどうかが、そのまま指標になっています。
この章句が説くこと
一日の食飲奉養の費及び為す所の事を計る自奉の費と為す所の事と相い称わば則ち鼾鼻して熟寐す或いは然らずんば則ち終夕安眠する能わず日課帳尻自省
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