宋名臣言行録 / 前集巻七・范仲淹
公領延安閲兵選將日夕訓練又請戒諸路養兵蓄鋭毋得輕動夏人聞之相戒曰無以延州為意今小范老子腹中自有數萬甲兵不比大范老子可欺也戎人呼知州為老子大范謂雍也
新字:公領延安閲兵選将日夕訓練又請戒諸路養兵蓄鋭毋得軽動夏人聞之相戒曰無以延州為意今小范老子腹中自有数万甲兵不比大范老子可欺也戎人呼知州為老子大范謂雍也
書き下し
公、延安を領し、兵を閲し將を選び、日夕訓練す。又た諸路を戒めて兵を養い鋭を蓄え、輕く動くを得る毋からしめんことを請う。夏人之を聞き、相い戒めて曰く、延州を以て意と為す無かれ。今、小范老子の腹中には自ら數萬の甲兵有り。大范老子の欺く可きに比せずと。戎人、知州を呼びて老子と為す。大范は雍を謂うなり。
現代語訳
公は延安を統べ、兵を検閲し将を選び、朝から晩まで訓練した。さらに諸路を戒めて、兵を養い鋭気を蓄え、軽々しく動かないようにするよう求めた。西夏の者はそれを聞いて、互いに戒め合った。「延州を狙おうなどと思うな。いまの小范老子の腹の中には、それだけで数万の甲冑の兵がいる。大范老子が欺けたのとは違う」。異民族は知州を「老子」と呼んだ。「大范」は范雍のことである。
解説
敵側の言葉で、人物が測られた条です。**いまの小范老子の腹の中には、それだけで数万の甲冑の兵がいる。**軍勢の話ではなく、頭の中に軍がある、という言い方です。そして比較が入っています。**大范老子が欺けたのとは違う。**同じ姓の前任者は騙せた。同じ土地、同じ官職で、誰が座っているかだけが変わった。それを敵が最初に見分けています。
この章句が説くこと
延州を以て意と為す無かれ今小范老子の腹中には自ら数万の甲兵有り大范老子の欺く可きに比せず評判抑止人物
関連する章句
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、邠・延・涇・慶の四郡を帥い、威徳著聞す。夷夏聳服す。熟戸・蕃部、率ね稱して龍圖老子と為す。元昊に至るまで亦た此を以て之を呼ぶ。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、將と為り、持重に務め、近功・小利を急がず。延州に於て青澗城を築き、營田を墾き、承平・永平の廢寨を復す。熟羌の業に歸する者數萬戸。慶州に於て大順に城き、以て要害に據り、賊の地を奪いて之を耕す。又た細腰・胡盧に城く。是に於て明珠・滅藏等の大族、皆な賊を去りて中國の用と為る。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公の在る所、賊敢えて犯さず。其の大順に城くや、一旦、兵を引きて出づ。諸將、向かう所を知らず。軍、柔逺に至りて始めて號令し、其の地處を告げて往きて城を築かしむ。版築の用に至るまで大小畢く具わる。而して軍中、初め知らず。賊、三萬騎を以て来たり爭う。公、諸將を戒む、戰いて賊走らば、追いて河を過ぐる勿かれと。已にして賊果たして走る。追う者渡らず。而して河外に果たして伏有り。賊既に計を失う。乃ち引きて去る。諸將皆な公の及ぶ可からざるを為すに服す。得る所の賜賚は皆な上意を以て諸將に分賜し、自ら謝を為さしむ。諸蕃の質子、其の出入を縱にす。一人の逃ぐる者無し。蕃酋来り見れば、之を卧内に召し、人を屏け衞を徹して與に語る。疑わず。邉に居ること二歳、士勇に邉實ち、恩信大いに洽し。乃ち䇿を決して横山を取り靈武を復せんことを謀る。而して元昊、數々使いを遣わして臣と稱し和を請う。上も亦た公を召して歸らしむ。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦初め夏人方に和を議す。公以謂えらく邉備弛む可からずと。范公と俱に出でて按行せんことを請う。遂に公に陜西を宣撫し、范公に河東を宣撫するを命ず。范、兵を益して河陽・蒲中に屯し、及び兵を以て從わんことを請う。公以爲えらく必ずしも兵を請わずと。上前に議して未だ合わず。退きて殿廬の中に於いて猶お爭う。公曰く、若し爾らば則ち臣自ら行かんことを乞う。朝廷の一人一騎をも用いじと。范色忿り、再び對を請いて公の語を道わんと欲す。公笑いて之を止む。會ミ富公、公の説を賛す。卒に兵を發せず。范も亦た以て忤と爲さず。
-
『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公と韓琦と協謀し、必ず靈夏・横山の地を收復せんと欲す。邉上の謡に曰く、軍中に一韓有り。西賊之を聞きて心骨寒し。軍中に一范有り。西賊之を聞きて驚きて膽を破ると。元昊大いに懼れ、遂に臣と稱す。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦元昊初めて叛き、兵鋒銳きこと甚だし。中國久しく戰を知らず、人心頗る恐る。公に陜西安撫使を授く。趣かに道に上る。公勇にして自ら效さんと欲し、馳せて延安に至れば、則ち羗已に圍を解きて去る。然れども士氣沮傷し、將吏往往にして病と移して罷職を求む。公即ち材武を選練し、戰守の器を治め、居人を慰安し、豪傑を收召して之と計議す。范雍、延州を守る。朝廷以爲えらく能わずとし、趙振を以て代えんと欲す。公奏して曰く、願わくは雍を留めて以て後效を觀ん。已む無くんば則ち范仲淹を可と爲す。以て國家の爲に計るなり、仲淹に私するに非ず。若し朋比に涉りて陛下の事を誤らば、當に族せらるべしと。慶人の陳叔慶等、邉防の策を陳べて官に補せられ、東南に置かる。公奏して曰く、忠義憤懣して國の爲に計を獻ず。稍く收用すと雖も、乃ち僻左に置くは、實に之を覊縻するなり。誠意を開示して人才を招徠する所以に非ずと。