宋名臣言行録 / 前集巻七・杜衍
公享客多用髹器客有面稱嘆曰公為相清貧乃爾耶公命侍人盡取白金燕器陳於前曰衍非乏此雅不好爾然公性好施亦卒不蓄也張唐公侍讀壊曰公之好施人所能及也其不妄施人之所不能及也
新字:公享客多用髹器客有面称嘆曰公為相清貧乃爾耶公命侍人尽取白金燕器陳於前曰衍非乏此雅不好爾然公性好施亦卒不蓄也張唐公侍読壊曰公之好施人所能及也其不妄施人之所不能及也
書き下し
公、客を享するに多く髹器を用う。客に面のあたり稱嘆する有りて曰く、公、相と為りて清貧なること乃ち爾るかと。公、侍人に命じて盡く白金の燕器を取りて前に陳ねしめて曰く、衍、此を乏しとするに非ず。雅より好まざるのみと。然れども公の性は施すを好み、亦た卒に蓄えざるなり。張唐公侍讀壊、曰く、公の施すを好むは人の能く及ぶ所なり。其の妄りに施さざるは人の能わざる所なりと。
現代語訳
公は客をもてなすのに、たいてい漆の器を用いた。客の中に面と向かって感嘆する者があって言った。「公は宰相でありながら、これほど清貧でいらっしゃるのか」。公は侍者に命じて、白銀の宴用の器をすべて取り出して前に並べさせて言った。「私はこれが無いのではない。もともと好まないだけだ」。そして公の性質は施すことを好み、やはりけっきょく蓄えなかった。侍読の張壊が言った。「公が施すことを好むのは、人にも及べるところだ。みだりに施さないのは、人にはできないところだ」。
解説
清貧を褒められて、銀の器を全部並べてみせた条です。私はこれが無いのではない。もともと好まないだけだ。無いから使わないのと、有るのに使わないのは別だ、と示している。前の条までで「飾り立てて実際を超えれば偽りに近くなる」と説いた人です。褒め言葉が事実とずれたところを、その場で訂正しました。締めの評が効きます。施すことを好むのは人にも及べる。みだりに施さないのは、人にはできない。
この章句が説くこと
公相と為りて清貧なること乃ち爾るか衍此を乏しとするに非ず雅より好まざるのみ公の施すを好むは人の能く及ぶ所なり其の妄りに施さざるは人の能わざる所なり訂正清貧施し
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