宋名臣言行録 / 前集巻七・杜衍
門生嘗從容問公曰公在相位未朞年而出使蒼生不盡被公之澤天下甚鬱望公曰衍以非才乆妨賢路遽得解去深遂乃心然獨有一恨爾門生曰公之恨何也公曰衍平生聞某人之賢可某任某人之才可某用未能悉薦而去此所以為恨也
新字:門生嘗従容問公曰公在相位未朞年而出使蒼生不尽被公之沢天下甚鬱望公曰衍以非才久妨賢路遽得解去深遂乃心然独有一恨爾門生曰公之恨何也公曰衍平生聞某人之賢可某任某人之才可某用未能悉薦而去此所以為恨也
書き下し
門生嘗て從容として公に問いて曰く、公、相位に在ること未だ朞年ならずして出づ。蒼生、盡くは公の澤を被らず。天下甚だ鬱として望むと。公曰く、衍、非才を以て乆しく賢路を妨ぐ。遽かに解け去るを得て、深く乃ち心を遂ぐ。然れども獨り一恨有るのみと。門生曰く、公の恨みは何ぞやと。公曰く、衍、平生、某人の賢は某の任に可なり、某人の才は某の用に可なるを聞く。未だ悉くは薦むる能わずして去る。此れ恨みと為す所以なりと。
現代語訳
門下の学生がかつて、ゆったりと公に尋ねた。「公は宰相の位にあること一年に満たずに退かれました。民は公の恵みをすっかりは受けられませんでした。天下はたいそう鬱々としてお待ちしております」。公は言った。「私は才が無いのに長く賢者の道をふさいでいた。急に解かれて去ることができて、深く心が遂げられた。ただ一つだけ、心残りがある」。学生は言った。「公の心残りとは何ですか」。公は言った。「私は生涯、某という人の賢さはこの任にふさわしい、某という人の才はこの用にふさわしい、と聞いてきた。それをすべては推薦できずに去った。これが心残りだ」。
解説
一年に満たずに宰相を退いた人の、心残りを聞いた条です。政策でも、やり残した改革でもありませんでした。某という人の賢さはこの任にふさわしい、某という人の才はこの用にふさわしい、と聞いてきた。それをすべては推薦できずに去った。頭の中に、人と職の対応表がずっとあった、ということです。前の条で「一人の官員をも潰したことがない」と言った同じ人の、逆側からの一条になっています。
この章句が説くこと
衍非才を以て久しく賢路を妨ぐ遽かに解け去るを得て深く乃ち心を遂ぐ衍非才を以て乆しく賢路を妨ぐ遽かに解け去るを得て深く乃ち心を遂ぐ某人の賢は某の任に可なり某人の才は某の用に可なり未だ悉くは薦むる能わずして去る此れ恨みと為す所以なり心残り推薦
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