宋名臣言行録 / 前集巻七・杜衍
夏人叛命陜西困於科歛吏縁侵漁調發督迫民至破産不能足往往自經投水以死公在永興語其人曰吾不能免汝然可使汝不勞爾乃為區處計較量物有無貴賤道里逺近寛其期㑹使以次輸送由是物不涌貴車牛蒭秣宿食来往如平時而吏束手無所施民比他州省費十六七
新字:夏人叛命陜西困於科歛吏縁侵漁調発督迫民至破産不能足往往自経投水以死公在永興語其人曰吾不能免汝然可使汝不労爾乃為区処計較量物有無貴賤道里遠近寛其期会使以次輸送由是物不涌貴車牛蒭秣宿食来往如平時而吏束手無所施民比他州省費十六七
書き下し
夏人、命に叛く。陜西、科歛に困しむ。吏、縁りて侵漁す。調發督迫し、民、産を破るに至るも足す能わず。往往にして自ら經れ水に投じて以て死す。公、永興に在り、其の人に語りて曰く、吾れ汝を免ずる能わず。然れども汝をして勞せざらしむ可きのみと。乃ち為に區處計較し、物の有無・貴賤、道里の逺近を量り、其の期㑹を寛くし、次を以て輸送せしむ。是に由りて物、涌貴せず。車牛・蒭秣、宿食・来往、平時の如し。而して吏、手を束ねて施す所無し。民、他州に比べて費を省くこと十の六七。
現代語訳
西夏が命に背いた。陝西は臨時の徴発に苦しんだ。役人はそれに乗じて掠め取った。調達を督促して迫り、民は財産を潰しても足りなかった。しばしば首を吊り水に身を投げて死んだ。公は永興にいて、その土地の人に言った。「私はおまえたちを免除することはできない。しかし、おまえたちを苦しませないようにはできる」。そこで区分けして計算し、品物の有無と値段の高安、道のりの遠近を量って、納期を緩やかにし、順を追って輸送させた。これによって物の値は跳ね上がらなかった。車と牛、飼葉と秣、宿と食事、行き来は平時のとおりであった。そして役人は手を縛られたようになって、掠め取る余地がなかった。民は他の州に比べて費えを十分の六、七も減らした。
解説
徴発そのものは免除できない、というところから始まる条です。**私はおまえたちを免除することはできない。しかし、おまえたちを苦しませないようにはできる。**できることとできないことを、先に分けています。やったのは段取りでした。品物の有無と値段、道のりを量り、納期を緩め、順を追って運ばせる。**値は跳ね上がらず、役人は掠め取る余地がなくなった。**額を変えずに、負担だけを十分の六、七削っています。
この章句が説くこと
吾れ汝を免ずる能わず然れども汝をして労せざらしむ可きのみ物の有無貴賤道里の遠近を量り其の期会を寛くす吏手を束ねて施す所無し民他州に比べて費を省くこと十の六七段取り徴発負担
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍公、多く本朝の故實を知り、善く大事を決す。初め邉將、議して大いに舉げて以て夏人を擊たんと欲す。韓公と雖も亦た以て舉ぐ可しと為す。公爭いて以て不可と為す。大臣に、軍を沮むを以て公を罪せんと欲する者有るに至る。然れども兵、後に果たして出づるを得ず。契丹と夏人と、銀瓮族を爭いて黄河の外に大戰す。而して鴈門・麟府皆な警む。范文正、河東を安撫す。兵を以て從わんと欲す。公以為えらく、契丹必ず來らず。兵、妄りに出だす可からずと。范公怒りて、語を以て公を侵すに至る。公、恨みと為さず。後、契丹卒に來らず。
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