宋名臣言行録 / 前集巻七・杜衍
公聴獄訟雖明敏而審覈愈精故屢決疑獄人以為神其簿書出納推析毫髪終日無倦色至為條目必使吏不得為奸而已及其施於民者則簡而易行知乾州未滿嵗安撫使察其治行以公權知鳳翔府二邦之民爭於界上一曰此我公也汝奪之一曰今我公也汝何有焉
新字:公聴獄訟雖明敏而審覈愈精故屡決疑獄人以為神其簿書出納推析毫髪終日無倦色至為条目必使吏不得為奸而已及其施於民者則簡而易行知乾州未満歳安撫使察其治行以公権知鳳翔府二邦之民争於界上一曰此我公也汝奪之一曰今我公也汝何有焉
書き下し
公、獄訟を聴くに、明敏なりと雖も、審覈愈々精なり。故に屢々疑獄を決す。人以て神と為す。其の簿書の出納、推析毫髪、終日倦む色無し。條目を為るに至りては、必ず吏をして奸を為すを得ざらしむるのみ。其の民に施す所に及びては、則ち簡にして行い易し。乾州を知る。未だ歳滿たざるに、安撫使、其の治行を察し、公を以て權に鳳翔府を知らしむ。二邦の民、界上に爭う。一は曰く、此れ我が公なり。汝、之を奪うと。一は曰く、今は我が公なり。汝、何ぞ有らんやと。
現代語訳
公は訴訟を聴くのに、明敏でありながら、調べはいよいよ精密であった。だからしばしば判断の難しい裁判を裁いた。人は神のようだと言った。帳簿の出し入れは、髪の毛ほどのところまで押し詰めて分析し、一日じゅう倦む様子がなかった。項目を立てるときには、必ず役人が不正をはたらけないようにした。それでいて民に対して施すやり方は、簡素で行いやすかった。乾州の長官となった。まだ一年たたないうちに、安撫使がその治績を見て、公にかりに鳳翔府の長官を兼ねさせた。二つの地の民が境界で言い争った。一方は言った。「これは我らの公だ。おまえたちが奪うのか」。もう一方は言った。「いまは我らの公だ。おまえたちに何の関わりがある」。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・談道・吾が心を内と為せば、則ち吾が身も亦た外物なり吾が身を以て内と為せば、則ち吾が身の外は皆外物なり。故に富貴利達は、生く可く榮ゆ可きも、苟くも道に非ざれば、君子居らず。吾が心を以て内と為せば、則ち吾が身も亦た外物なり。故に貧賤憂慼は、辱む可く殺す可きも、苟くも道ならば、君子辭せず。
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『呻吟語』内篇・修身・內外の分に明らかなり凡そ我に在る者は都て是れ分內底なり、天に在り人に在る者は都て是れ分外底なり。學者は內外の分に明らかなるを要す。則ち內に在りて一分を缺けば便ち是れ人と成らざる處、外に在りて一分を得れば便ち是れ該に足るを知るべき處なり。
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『童子問』卷上問ふ、学問は果たして性の内に在りや、性の外に在りやと。曰く、内外一致す。内は以て外を資け、外は以て内を養ふ。相無かるべからず。譬へば猶ほ人の一体のごとし。心思知慮は内なり、視聴動作は外なり。専ら心思知慮を貴びて、尽く視聴動作を廃するは、可ならんや。且つ生養の具の若きは、飲食薬餌より、以て宮室衣服、平生の合用、凡百の器具に至るまで、皆之を外に資らざること靡し。豈に独り学問に至りて、之を疑はんや。樹は土に非ざれば則ち生ぜず、魚は水に非ざれば則ち活きず。然れども樹と魚とに由りて之を見れば、則ち土と水とは皆外なり。然れども須臾も離るることを得ざるなり。人の学問、生養の具、何物か之を外に資らざらん。設若し其の外なるを以て之を棄てば、猶ほ樹の土を離れ、魚の水を去るがごとく、一日も生くることを得ず。其の不可なること必せり。人の五倫に於ける、父子の親、兄弟の睦と雖も、既に其の体を異にす。況んや君臣夫婦朋友は皆義を以て合ふ。豈に之を外と謂ひて可ならんや。凡そ内外の二字、古人の称する所と、後世の謂ふ所と、其の義適に別なり。所謂内とは之を親しむの辞、外とは之を疎んずるの辞なり。大学に外本内末と曰ひ、荘周に内聖外王と曰ふが若き、是れなり。性を以て内と為して、性に非ざる者を以て外と為して、之を棄つるに非ざるなり。告子の外義も、亦た義を以て外と為して之を行ふを謂ふ。棄てて用ひざるの謂に非ず。聖賢初めより内外の弁無し。其の内外の分を立つるは、後儒の陋説なり。
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『正法眼蔵随聞記』巻二亦云く、世俗の礼にも人の見ざる処、あるひは暗室の中なれども、衣服等をきかゆる時も、亦坐臥する時にも、放逸に隠処なんどをも蔵くさす無礼なるをば、天に慚ぢず鬼に慚ぢずとてそしるなり、只た人の見る時と同じく、かくすべき処をもかくし、はづべきことをもはづるなり、仏法の中も亦戒律かくのごとし、然あれば道者は内外を論ぜす、明暗を択はず、仏制を心に存して、人の見ず知らざればとて、悪事を行すべからざるなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻一夜話に云く、今ま世出世間の人、多分は善事をなしては、かまへて人に知られんと思ひ、悪事を作して人に知られじと思ふ、是に依て内外不相応のこと出で来たる、あひかまへて内外相応じ、錯まりを悔ゐ、実徳をかくして、外相をかざらず好事をば他人にゆづり、悪事をば己れにむかふる志気あるべきなり、問て云く実徳を蔵し外相を飾らざらんこと、寔とに然るべし、但し仏菩薩は大悲利生を以て本とす、無智の道俗等外相の不善を見て是を謗り難せば、謗僧の罪を感ぜん、実徳を知らずとも、外相を見て貴とび供養せば、一分の福分たるべし、是らの斟酌いかなるべきぞ、
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『正法眼蔵随聞記』巻一答て云く、外相を飾らずとて、即ち放逸ならば亦是れ道理に差ふ、実徳を蔵すと云ふて、在家等の前にて悪行を現せば亦た是れ破戒の甚だしきなり、只希有の道心者、道者の由を人に知られんと思ひ、身にある失を人に知られじと思へども、諸天善神及び三宝の冥に知見する処なり、夫をば愧ずして、世人に貴とびられんと思ふ意ろを誠むるなり、只時にのぞみ事に触て、興法の為め利生の為に、諸事を斟酌すべきなり、擬して後に云ひ、思て後に行して、卒暴なること莫れとなり、

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