宋名臣言行録 / 前集巻六・宋庠
公間言祖宗收方鎮之權嘗欲畿甸蓄禁兵三十萬今所蓄不精且多外補戍更非强本之勢
新字:公間言祖宗収方鎮之権嘗欲畿甸蓄禁兵三十万今所蓄不精且多外補戍更非强本之勢
書き下し
公、間に言う、祖宗、方鎮の權を收む。嘗て畿甸に禁兵三十萬を蓄えんと欲す。今、蓄うる所は精ならず、且つ多く外に補戍更す。强本の勢いに非ずと。
現代語訳
公は折を見て言った。「祖宗は地方の節度使から権を取り上げられた。かつては都の周辺に禁軍三十万を蓄えようとした。いま蓄えているものは精鋭ではなく、そのうえ多くは外へ回して守備の交代に当てている。本を強くする形ではありません」。
解説
三十六字の条です。制度が作られたときの狙いと、いまの実態を並べています。**かつては都の周辺に禁軍三十万を蓄えようとした。いま蓄えているものは精鋭ではなく、多くは外へ回している。**同じ制度が残っていても、中身が入れ替わっていれば効きません。**本を強くする形ではありません。**批判の形が、新しい提案ではなく元の趣旨との照合になっています。
この章句が説くこと
祖宗方鎮の権を収む嘗て畿甸に禁兵三十万を蓄えんと欲す今蓄うる所は精ならず且つ多く外に補戍更す强本の勢いに非ず軍制形骸照合
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