宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
太祖既納韓王之謀數遣使者分詣諸道選擇精兵凡其材力伎藝有過人者皆收補禁軍聚之京師以備宿衛厚其粮賜居常躬自按閲訓練皆一以當百諸鎮皆自知兵力精鋭非京師之敵莫敢有異心者由我太祖能強幹弱枝制治于未亂故也
新字:太祖既納韓王之謀数遣使者分詣諸道選択精兵凡其材力伎芸有過人者皆収補禁軍聚之京師以備宿衛厚其粮賜居常躬自按閲訓練皆一以当百諸鎮皆自知兵力精鋭非京師之敵莫敢有異心者由我太祖能強幹弱枝制治于未乱故也
書き下し
太祖既に韓王の謀を納れ、數々使者を遣わして分かちて諸道に詣らしめ、精兵を選擇す。凡そ其の材力伎藝、人に過ぐる者有らば、皆な收めて禁軍に補い、之を京師に聚めて以て宿衛に備う。其の粮賜を厚くし、居常躬ら按閲訓練す。皆な一以て百に當たる。諸鎮皆な自ら兵力の精鋭、京師の敵に非ざるを知り、敢えて異心有る者莫し。我が太祖の能く幹を強くし枝を弱くし、治を未だ亂れざるに制せしに由る故なり。
現代語訳
太祖は韓王の謀りごとを容れると、たびたび使者を諸道に分けて遣わし、精鋭を選び取らせた。体力や技芸が人に勝る者があれば、みな収めて禁軍に加え、都に集めて宿衛に備えさせた。その糧と手当を厚くし、常日ごろ自ら検分して訓練した。みな一人で百人に当たる。諸方の鎮は、自分たちの兵力では都の相手にならないと自ら知り、あえて叛く心を持つ者がなくなった。太祖が幹を強くして枝を弱くし、まだ乱れないうちに治を敷いたからである。
解説
三つの処方のうち「精鋭を収める」を実行した段です。使者を諸道に分けて送り、体力や技芸の勝る者を選び出して都の禁軍に入れ、手当を厚くして自ら訓練した。**地方が自分の兵では都に及ばないと自分で気づいた時点で、叛く心は消えます。**戦って勝ったのではありません。締めの一句が方針の名でした。幹を強くして枝を弱くし、まだ乱れないうちに治を敷く。
この章句が説くこと
我が太祖の能く幹を強くし枝を弱くし治を未だ乱れざるに制す諸鎮皆な自ら兵力の精鋭京師の敵に非ざるを知る精兵を選択して禁軍に補い京師に聚む人材集中抑止
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