宋名臣言行録 / 前集巻六・陳堯佐
公初作相以唐劉蕡所對䇿進曰天下治亂自朝廷始朝廷賞罰自近始凡蕡之所究言者皆當今之弊臣所欲言而陛下之所行也天子嘉納之
新字:公初作相以唐劉蕡所対策進曰天下治乱自朝廷始朝廷賞罰自近始凡蕡之所究言者皆当今之弊臣所欲言而陛下之所行也天子嘉納之
書き下し
公、初めて相と作る。唐の劉蕡の對する所の䇿を以て進めて曰く、天下の治亂は朝廷より始まる。朝廷の賞罰は近きより始まる。凡そ蕡の究め言う所の者は、皆な當今の弊なり。臣の言わんと欲する所にして、陛下の行う所なりと。天子、之を嘉納す。
現代語訳
公がはじめて宰相となった。唐の劉蕡が答えた対策文を差し出して言った。「天下の治まると乱れるとは、朝廷から始まります。朝廷の賞罰は、身近なところから始まります。およそ劉蕡が突き詰めて論じたことは、みないまの弊害です。臣が申し上げたいことであり、陛下が行われるべきことです」。天子はそれを喜んで受け入れた。
解説
宰相になった最初に、自分の意見書ではなく二百年前の他人の対策文を差し出した条です。劉蕡は唐末、宦官の専横を糾弾して落第させられた人です。二行だけ引いてあります。天下の治まると乱れるとは、朝廷から始まる。朝廷の賞罰は、身近なところから始まる。そして一言。劉蕡が突き詰めて論じたことは、みないまの弊害です、と。自分の言葉で言わずに、古い文書を現役の批判として差し出しました。
この章句が説くこと
天下の治乱は朝廷より始まる朝廷の賞罰は近きより始まる凡そ蕡の究め言う所の者は皆な当今の弊なり諫言古典引用
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