呂氏春秋 / 分職⑥
衛靈公天寒鑿池。宛春諫曰:「天寒起役,恐傷民。」公曰:「天寒乎?」宛春曰:「公衣狐裘,坐熊席,陬隅有灶,是以不寒。今民衣弊不補,履決不組。君則不寒矣,民則寒矣。」公曰:「善。」令罷役。左右以諫曰:「君鑿池,不知天之寒也,而春也知之。以春之知之也而令罷之,福將歸於春也,而怨將歸於君。」公曰:「不然。夫春也,魯國之匹夫也,而我舉之,夫民未有見焉,今將令民以此見之。曰春也有善,於寡人有也,春之善非寡人之善歟?」靈公之論宛春,可謂知君道矣。君者固無任,而以職受任。工拙,下也;賞罰,法也;君奚事哉?若是則受賞者無德,而抵誅者無怨矣,人自反而已,此治之至也。
新字:衛霊公天寒鑿池。宛春諫曰:「天寒起役,恐傷民。」公曰:「天寒乎?」宛春曰:「公衣狐裘,坐熊席,陬隅有灶,是以不寒。今民衣弊不補,履決不組。君則不寒矣,民則寒矣。」公曰:「善。」令罷役。左右以諫曰:「君鑿池,不知天之寒也,而春也知之。以春之知之也而令罷之,福将帰於春也,而怨将帰於君。」公曰:「不然。夫春也,魯国之匹夫也,而我舉之,夫民未有見焉,今将令民以此見之。曰春也有善,於寡人有也,春之善非寡人之善歟?」霊公之論宛春,可謂知君道矣。君者固無任,而以職受任。工拙,下也;賞罰,法也;君奚事哉?若是則受賞者無徳,而抵誅者無怨矣,人自反而已,此治之至也。
書き下し
衛の靈公、天寒くして池を鑿たんとす。宛春諫めて曰く、「天寒くして役を起こす、民を傷らんことを恐る。」公曰く、「天寒きか。」宛春曰く、「公は狐裘を衣、熊席に坐し、陬隅に竈有り。是を以て寒からず。今民は衣弊れて補わず、履決して組せず。君は則ち寒からず、民は則ち寒し。」公曰く、「善し。」役を罷めしむ。左右以て諫めて曰く、「君池を鑿たんとするに、天の寒きを知らざるなり。而して春や之を知る。春の之を知るを以てして、之を罷めしめば、福は將に春に歸せんとして、怨みは將に君に歸せんとす。」公曰く、「然らず。夫れ春は、魯國の匹夫なり、而して我之を舉ぐ。夫れ民は未だ見ること有らず。今將に民をして此を以て之を見しめんとす。且つ春や善有るは、寡人に於て有るなり。春の善は、寡人の善に非ざるか。」靈公の宛春を論ずる、君道を知ると謂う可し。君たる者は固より任無し。而して職を以て任を受く。工拙は下なり、賞罰は法なり。君奚ぞ事とせんや。是の若くすれば則ち賞を受くる者は德とすること無くして、誅に抵る者は怨むこと無し。人自ら反みるのみ。此れ治の至なり。
現代語訳
衛の霊公が寒い時期に池を掘らせようとした。宛春が諫めて「寒い時期に労役を起こせば、民を傷つけることを恐れます」と言った。公は「寒いか」と言う。宛春は「殿は狐の皮衣を着て熊の敷物に座り、片隅には竈があるから寒くないのです。今、民は衣が破れても繕えず、履物が破れても直せません。殿は寒くなくとも、民は寒いのです」と言った。公は「よろしい」と言って労役をやめさせた。側近が諫めて「殿が池を掘ろうとして天の寒さに気づかず、宛春がそれを知っていた。宛春が知っていたことでやめさせれば、手柄は宛春に帰し、怨みは殿に帰します」と言った。公は「そうではない。宛春は魯国の一庶民にすぎず、私が取り立てた。民はまだ彼の善を知らない。今、民にこのことで彼を見させよう。それに宛春に善があるのは、私にあるということだ。宛春の善は私の善ではないか」と言った。霊公が宛春を評価したのは、君主の道を知っているといえる。君主というものはもともと自ら担う任務がなく、職分に応じて任務を授ける。技の巧拙は下臣のこと、賞罰は法によるもの。君主は何を事とするのか。このようにすれば、賞を受ける者は君主に恩を着せられることなく、誅に当たる者も怨むことがない。人は自ら反省するだけだ。これが治の極みである。
解説
この章句が説くこと
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