宋名臣言行録 / 前集巻六・陳堯佐
知夀州遭嵗大饑公自出米為糜以食餓者吏民以公故皆爭出米活數萬人公曰吾豈以是為私惠耶葢以令率人不若身先而使其樂從也
新字:知夀州遭歳大饑公自出米為糜以食餓者吏民以公故皆争出米活数万人公曰吾豈以是為私恵耶葢以令率人不若身先而使其楽従也
書き下し
夀州を知る。歳の大いに饑うるに遭う。公、自ら米を出だして糜と為し、以て餓うる者に食わしむ。吏民、公の故を以て皆な爭いて米を出だす。活かす者數萬人。公曰く、吾れ豈に是を以て私惠と為さんや。葢し令を以て人を率いるは、身、先んじて其の樂しみて從うを使うに若かざればなりと。
現代語訳
寿州の長官となった。ひどい飢饉の年に遭った。公は自分から米を出して粥にし、飢えた者に食べさせた。役人も民も、公がそうしたので、みな争って米を出した。生き延びた者が数万人。公は言った。「私がどうしてこれを自分の恵みにしようか。命令で人を率いるのは、自分が先に立って、人が喜んで従うようにするのに及ばないからだ」。
解説
自分の米を出して粥にした条です。効き目のほうが本題でした。**役人も民も、公がそうしたので、みな争って米を出した。生き延びた者が数万人。**そして本人が理由を言っています。**私がどうしてこれを自分の恵みにしようか。命令で人を率いるのは、自分が先に立って人が喜んで従うようにするのに及ばないからだ。**個人の善行ではなく、命令の代わりに使った手だ、とはっきり言い切っています。
この章句が説くこと
公自ら米を出だして糜と為し以て餓うる者に食わしむ吏民公の故を以て皆な争いて米を出だす活かす者数万人令を以て人を率いるは身先んじて其の楽しみて従うを使うに若かず率先飢饉命令
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻五・王曽公、洛陽に留守す。歳の歉なるに屬す。里に囷積する者有り。飢民、黨を聚めて脅取す。鄰郡、強盗を以て論じ、死を報ずる者甚だ衆し。公は但だ重く笞ちて之を釋つ。逺近聞きて以て法と為す。全活する者數千を計う。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼山林河泊の利、取りて生を爲す可き者有らば、流民の之を取るを聽し、其の主は禁ずるを得ず。官吏は皆其の勞を書し、約して奏請と爲し、他日以て次を以て賞を朝に受くるを得しむ。率ね五日にして輒ち人を遣わし、酒肉糗飯を以て之を勞う。至誠より出づ。人人爲に力を盡くす。流民の死する者は大塚に□し、之を叢冢と謂う。自ら文を爲りて之を祭る。明年麥大いに熟す。流民各ミ遠近を以て粮を受けて歸る。凡そ活かすこと五十萬。募りて兵と爲す者、又た萬餘人なり。
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『宋名臣言行録』後集巻十一・范純仁環慶大いに饑う。帥守不職に坐して罷め去る。公を以て之に代う。公慶州に到る。餓殍路に滿つ。官に穀無く以て賑恤するに。公常平封樁の粟麥を發して之を賑わさんと欲す。州郡皆奏請して㫖を得て而る後に散ぜんことを俟たんと欲す。公曰く、人七日食わざれば即ち死す。何ぞ報を待つ可けんや。諸公は但だ預かる勿かれ。吾は寧ろ獨り罪に坐せんと。
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『宋名臣言行録』後集巻五・趙抃吳越大いに饑え、民の死する者半ばを過ぐ。公救荒の術とする所を盡くす。廩を發き分を勸め、而して家貲を以て之に先んず。生くる者は食を得、病む者は藥を得、死する者は藏るるを得たり。令を下して城を修め、民をして其の力を食ましむ。故に越人饑うと雖も怨まず。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼會ミ河朔大水す。民京東に流る。所部の豐稔なる者三州を擇び、民に粟を出だすを勸めて十五萬斛を得たり。益すに官廩を以てし、在る所に隨いて之を貯う。公私の廬舍十餘萬間を得て、其の人を散じ處らしめ、以て薪水に便ならしむ。官吏の前資・待闕・寄居の者よりして、皆其の禄を給して民の聚まる所に即かしむ。老弱の□を捐つる者を選びて之を廩す。
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『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹皇祐二年、吴中大いに饑う。殍殣、路に枕す。時に公、浙西を領す。粟を發し及び民を募りて存餉す。術を為すこと甚だ備わる。吳人、競渡を喜び、佛事を為すを好む。公乃ち民の競渡を縱にす。太守、日々に出でて湖上に宴す。春より夏に至るまで、居民、巷を空しくして出遊す。又た諸佛寺の主首を召して之に諭して曰く、饑歳は工價至って賤し。以て大いに土木の役を興す可しと。是に於て諸寺の工作鼎興す。又た敖倉・吏舍を新たにす。日に千夫を役す。監司、杭州の荒政を恤れまず、嬉遊節あらず、及び公私の興造、民力を傷耗するを奏劾す。公乃ち自ら宴遊及び興造する所以を條叙す。皆な有餘の財を發して以て貧者に惠まんと欲す。貿易・飲食・工技・服力の人、公私に食を仰ぐ者、日に慮んぞ數萬人ならざらんや。荒政の施、此より大なるは莫し。是の歳、兩浙、惟だ杭州のみ晏然として、民流徙せず。皆な公の惠なり。