宋名臣言行録 / 後集巻十一・范純仁
環慶大饑帥守坐不職罷去以公代之公到慶州餓殍滿路官無榖以賑恤公欲發常平封樁粟麥賑之州郡皆欲俟奏請得㫖而後散公曰人七日不食即死何可待報諸公但勿預吾寜獨坐罪
新字:環慶大饑帥守坐不職罷去以公代之公到慶州餓殍満路官無榖以賑恤公欲発常平封樁粟麦賑之州郡皆欲俟奏請得旨而後散公曰人七日不食即死何可待報諸公但勿預吾寜独坐罪
書き下し
環慶大いに饑う。帥守不職に坐して罷め去る。公を以て之に代う。公慶州に到る。餓殍路に滿つ。官に穀無く以て賑恤するに。公常平封樁の粟麥を發して之を賑わさんと欲す。州郡皆奏請して㫖を得て而る後に散ぜんことを俟たんと欲す。公曰く、人七日食わざれば即ち死す。何ぞ報を待つ可けんや。諸公は但だ預かる勿かれ。吾は寧ろ獨り罪に坐せんと。
現代語訳
環慶がひどく飢えた。指揮の長官は職務を果たさなかったとして罷免され去った。公をこれに代えた。公は慶州に着いた。餓死者が路に満ちていた。官には救済に充てる穀がなかった。公は常平の封印された蓄えの粟と麦を出して救おうとした。州や郡の者はみな、奏上して裁可を得てから配りたいと言った。公は言った。「人は七日食べなければ死ぬ。どうして返事を待てようか。諸公はただ関わるな。私はいっそ一人で罪を負おう」。
解説
手続きを踏むべきだ、という主張は正しいものです。封印された蓄えを勝手に開ければ罪になります。反論は、期限の話でした。**人は七日食べなければ死ぬ。どうして返事を待てようか。**待つ余裕があるかどうかで、手続きの意味が変わる。そして責任の取り方を先に示しました。**諸公はただ関わるな。私はいっそ一人で罪を負おう。**周りを巻き込まない形にしたので、誰も止められなくなっています。
この章句が説くこと
環慶大いに饑う餓殍路に満つ官に穀無く以て賑恤するに公常平封樁の粟麦を発して之を賑わさんと欲す州郡皆奏請して旨を得て而る後に散ぜんことを俟たんと欲す人七日食わざれば即ち死す何ぞ報を待つ可けんや吾は寧ろ独り罪に坐せん飢饉独断
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