宋名臣言行録 / 前集巻六・吕夷簡
契丹借兵伐髙麗明肅欲與之公堅執不可后曰適已㣲許其使矣不與恐生怨奈何公曰但以臣不肯拒之既而后語其使曰意非不欲應但吕相公堅執不可耳使人無語而去元昊反有詔削奪在身官爵募能生擒元昊若斬首者即為節度使仍賜錢萬貫公在大名府聞之驚曰謀之誤矣立削奏曰前代方鎮叛命如此誥誓則有之矣非所以禦戎狄也萬一反有不遜之言得無損國體乎朝廷方改之已聞有指斥之詞矣
新字:契丹借兵伐高麗明粛欲与之公堅執不可后曰適已㣲許其使矣不与恐生怨奈何公曰但以臣不肯拒之既而后語其使曰意非不欲応但呂相公堅執不可耳使人無語而去元昊反有詔削奪在身官爵募能生擒元昊若斬首者即為節度使仍賜銭万貫公在大名府聞之驚曰謀之誤矣立削奏曰前代方鎮叛命如此誥誓則有之矣非所以禦戎狄也万一反有不遜之言得無損国体乎朝廷方改之已聞有指斥之詞矣
書き下し
契丹、兵を借りて髙麗を伐たんとす。明肅、之に與えんと欲す。公堅く執りて不可とす。后曰く、適ま已に㣲かに其の使いに許せり。與えずんば恐らくは怨みを生ぜん。奈何せんと。公曰く、但だ臣の肯んぜざるを以て之を拒めと。既にして后、其の使いに語りて曰く、意、與えんと欲せざるに非ず。但だ吕相公堅く執りて不可とするのみと。使人語る無くして去る。元昊反す。詔有りて身に在るの官爵を削奪し、能く元昊を生擒し若しくは首を斬る者を募る。即ち節度使と為し、仍りて錢萬貫を賜うと。公、大名府に在りて之を聞き、驚きて曰く、謀の誤れるなりと。立ちどころに奏を削りて曰く、前代の方鎮、命に叛くこと此くの如くんば、則ち誥誓すること之れ有り。戎狄を禦ぐ所以に非ざるなり。萬一、反って不遜の言有らば、國體を損する無きを得んやと。朝廷、方に之を改めんとす。已に指斥の詞有るを聞けり。
現代語訳
契丹が兵を借りて高麗を討とうとした。章献太后はそれを与えようとした。公は固く主張して不可とした。太后は言った。「たったいま、それとなくその使者に許してしまった。与えなければ恨みを生むだろう。どうすればよいか」。公は言った。「ただ臣が承知しないという理由で、それを拒んでください」。ほどなく太后はその使者に言った。「意向として与えたくないのではありません。ただ呂相公が固く主張して不可とするだけです」。使者は何も言わずに去った。趙元昊が叛いた。詔が下って、その身にある官爵を剥奪し、元昊を生け捕りにするか首を斬った者を募った。すぐに節度使とし、そのうえ銭一万貫を賜る、と。公は大名府にいてそれを聞き、驚いて言った。「謀りごとが誤っている」。ただちに上奏を書いて言った。「前代の方鎮が命に叛いたのであれば、そのように誥し誓うことはありました。異民族を防ぐやり方ではありません。万一、かえって無礼な言葉が返ってきたら、国の体面を損なわずに済むでしょうか」。朝廷はそれを改めようとした。もう侮辱の言葉が返ってきたと聞いていた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻六・吕夷簡初め元昊、命を拒む。契丹、兵を重ねて境に壓し、上、以て釁を伺う。議する者、洛陽に城きて遷都の計と為さんことを請う。公獨り謂えらく、敵は壯を畏れ怯を侮る。威を以て制し易し。洛邑の山川は狹隘なり。壯を以てせば則ち足らず、威を以てせば則ち退縮すと。遂に都を大名に建て、將に親征して以て敵の謀を伐たんとするを示さんことを請う。或るひと曰く、此れ虚聲と為すのみ。東都の城池を増修して以て契丹の志を沮むに若かずと。公曰く、此れ子囊の郢に城くの計なり。敵をして果たして南嚮せしめば、則ち城堅しと雖も益無しと。卒に前議を申ぶ。既にして契丹、和親して關南の地を割かんことを求む。劉六符等の再び至るに及び、桀驁として乆しく留まりて遣る能わず。公、奏請して殿外の幕次に於て敵使と相い見え、酒を置きて面のあたり議して以て之を折らんとす。上、以て然りと為す。敵使、公に見えて畏伏す。館伴使に語りて曰く、宰相を觀るに此くの如し。留まると雖も益無しと。遂に亟かに道に就く。前好、初めの如し。
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『宋名臣言行録』前集巻九・余靖慶歴四年、元昊、和を請う。將に封册を加えんとす。而して契丹、兵を以て境に臨む。上、使いを遣わして言う、中國の爲に賊を討たん。請う、止めて和するを與うる毋かれと。朝廷、之を患う。議、未だ决せず。公獨り謂う、中國、兵に厭くこと久し。此れ契丹の幸う所なり。一日、吾をして兵を息め勇を養わしむるは、其の利に非ざるなり。故に此を用いて以て我を撓むるのみ。是れ聽く可からずと。朝廷、公の言を是とすと雖も、猶お夏册を留めて遣らず。而して公に諫議大夫を假して以て報ぜしむ。公、十餘騎を從えて居庸闗を馳せ、虜に九十九泉に見ゆ。從容として帳中に坐し、辨析すること徃復數十。卒に其の議を屈し、其の要領を取りて還る。朝廷、遂に册を發して元昊を臣とす。西師既に嚴を解き、而して北邉も亦た事無し。
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『宋名臣言行録』前集巻九・孫甫初め元昊、河西に反す。契丹も亦た兵を以て邉に近づき、約を棄てんことを謀る。事に任ずる者、西方に於て禁兵二十萬を益す。北方も土兵を益すこと亦た二十萬。又た禁兵四十指揮を益す。及び羣盗張海等、京西を刼す。江淮皆な警む。是の時、巳に更めて大臣を用うるなり。又た天下に令して禁兵を益さしむ。公言いて曰く、天下の大いに困しむ所以は浮費に在り。而して浮費の廣き者は兵を甚だしと爲す。今、損する能わず。又た之を益す可けんや。且つ兵、巳に百萬なり。盗を止むる能わずして、但だ兵を多くせんと欲す。豈に先後する所を知ると謂う可けんやと。報ぜられず。是に於て極めて古今の兵を養うの多少の利害を論じて以て聞す。語、大臣を詆ること尤も切なり。
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『宋名臣言行録』前集巻六・吕夷簡文正の延州を知るに及び、書を移して元昊に利害を諭す。元昊の復書、語極めて悖慢なり。文正、具さに其の狀を奏し、其の書を焚きて以て聞せず。時に宋庠、參政為り。是より先、公執政するに、諸公唯諾して紙尾に書するのみ。敢えて預る所有らず。宋公、多く之と論辨す。公悦ばず。一日、二人獨り中書に在り。公從容として言いて曰く、人臣に外交無し。希文、乃ち擅に元昊に書を與う。其の書を得て又た焚きて奏せず。他人、敢えて爾らんやと。宋公、以為えらく、公は誠に深く范を罪するなりと。時に朝廷、文正に分析を命ず。文正奏す、臣、始め虜に悔過の意有るを聞く。故に書を以て之を誘諭す。㑹々任福敗れ、虜の勢い益々振るう。故に復書悖慢なり。臣以為えらく、朝廷をして之を見せしめて討つ能わずんば、則ち辱は朝廷に在り。乃ち官屬に對して之を焚き、朝廷、初め知らざる者の若くならしむ。則ち辱、専ら臣に在らんと。故に敢えて以て聞せざるなりと。奏上る。兩府共に進呈す。宋公遽かに曰く、仲淹は斬る可しと。杜祁公、時に樞宻副使為り。曰く、仲淹の志は忠に出づ。果たして朝廷の為に叛虜を招かんと欲するのみ。何ぞ深く罪す可けんやと。之を爭うこと甚だ力む。宋公、公に必ず言有りて己を助けんと謂う。而して公黙然として終に一語無し。上、顧みて公に何如と問う。公曰く、杜衍の言は是なり。止だ薄く責む可きのみと。乃ち一官を降して耀州を知らしむ。是に於て論ずる者諠然たり。而して宋公、公の賣る所と為るを知らざるなり。尋いで出でて揚州を知る。
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著諜、夏の其の主秉常を幽すと告ぐ。上二府に對して大いに兵を舉げて之を伐たんことを議す。公曰く、諜者の告ぐる所の如くんば則ち夏人は誠に罪有り。然れども陛下は未だ何人を以て元帥と爲すかを審らかにせず。其の人を得ざれば則ち舉げざるに如かずと。五年四月、公西師の功無きを以て奏して曰く、外議は皆王中正は宜しく典刑を正すべしと謂うと。翌日、公上奏して樞務を解かんことを乞う。章繼いで上り、面請尤も切なり。乃ち資政殿學士・定州路安撫使を除せらる。永樂城陷るに及び奏至る。上天章閣を開きて輔臣に對して曰く、邊民の疲弊すること此くの若し。獨り呂公著のみ朕の爲に之を言えり。他人は未だ嘗て及ばざるなりと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼元昊使いを遣わし書を以て來たる。男と稱して臣と稱せず。公言う、契丹は元昊を臣とす。而るに我臣とせずんば、則ち契丹は天下に敵無しと爲る。許す可からずと。乃ち其の使いを卻け、卒に之を臣とす。七月、契丹來たりて兵を舉げて元昊を討つを告ぐ。十二月、元昊を冊して夏國主と爲すを詔す。使い將に行かんとして之を止め、以て虜使を俟たんとす。公曰く、若し虜使未だ至らずして行かば、則ち事我より出づ。既に至らば則ち恩は契丹に歸せんと。之に從う。