宋名臣言行録 / 前集巻六・吕夷簡
天下學校乆廢公請詔州皆立學國朝公族分居邸第無所統一公請置大宗正建睦親宫置教授官悉授諸衞官以别庶姓
新字:天下学校久廃公請詔州皆立学国朝公族分居邸第無所統一公請置大宗正建睦親宮置教授官悉授諸衛官以別庶姓
書き下し
天下の學校乆しく廢る。公、詔して州に皆な學を立てしめんことを請う。國朝の公族、邸第に分居して統一する所無し。公、大宗正を置き、睦親宫を建て、教授官を置き、悉く諸衞の官を授けて以て庶姓に别たんことを請う。
現代語訳
天下の学校が長らく廃れていた。公は、詔を下して州にみな学校を立てさせるよう求めた。本朝の皇族は、それぞれの屋敷に分かれて住んでいて、統一されるところが無かった。公は、大宗正の職を置き、睦親宮を建て、教授の官を置き、みなに諸衛の官を授けて、一般の姓と区別するよう求めた。
解説
二つの制度を作った条です。片方は州ごとの学校、もう片方は皇族の統括でした。皇族のほうが具体的です。大宗正の職を置き、睦親宮を建て、教授の官を置く。ばらばらに屋敷に住んでいる人たちを、一つの所属と一つの教育の下に入れました。前の条で「幼い皇族を宮中から出せ」と求めた同じ人が、では出した先をどうするかまで作っています。
この章句が説くこと
天下の学校久しく廃る詔して州に皆な学を立てしめんことを請う天下の学校乆しく廃る詔して州に皆な学を立てしめんことを請う公族邸第に分居して統一する所無し大宗正を置き睦親宫を建て教授官を置く大宗正を置き睦親宮を建て教授官を置く制度
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